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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

バンモチ石、カタギ石、地域のコミュニティ〔4471〕2015/07/13

バンモチ石、カタギ石、地域のコミュニティ

2015年7月13日(月)それにしても蒸せます

台風の影響でしょうか。南からの湿った風が吹き、蒸し暑い朝となっちょります。今朝、4時半、いつものように会社で掃除を始めたところが、まあ、汗が吹き出る吹き出る。すごい蒸し暑さでございました。
台風11号、予想進路を見ますれば、こっちへ来ゆうではありませんか。17日の朝頃に足摺岬方面へ、というのは、高知市にとってはちくとヤバイ進路ではあります。何もなく、行き過ぎてくれることを祈るばかり。

さて。
ここは今朝の香南市吉川。旧吉川村吉原。旧役場、現市役所支所の西側。西徳善八幡宮さんの森。応永19年(1412年)に、長宗我部氏の武将、丁野帯刀によって宇佐八幡宮から勧請されてきた、という話は以前にも書きました。
この地区は、過去、何度も大津波に洗い流されてきた地区。で、お寺やお宮さん、集落は、かなりの移動変遷の歴史を持っちゅうようです。
この南東の浜堤上に鎮座まします住吉神社さんは、明治40年に、一旦この西徳善八幡様に合祀され、昭和10年に、また、浜堤の上に戻ったにかありません。
しかし、住吉神社さんの、元禄四年の銘のある古い古い手水石は、今も西徳善八幡様に残っちゅうのはどうしてでしょうか。元禄四年と言えば1691年。手水に残る年号としては、かなり古い部類やと思います。綱吉公の時代ですきんね。
写真右手の、二つ並んだ手水石の向かって左側が、そう。

写真左端の、木の根元に転がる石。バンモチ石。磐持石。カタギ石とも呼ぶ、巨石。
その説明板に、昔、村人たちが力自慢をした四十貫(150kg)のばんもち石、と書かれちょります。そう。藩政期から明治、大正にかけて、相撲とバンモチは、祭りの華でありました。これはもう、全国的に、そう。
土佐ではバンモチと言うことが多く、それで持ち上げる石をバンモチ石やカタギ石と呼びますが、標準語では力石になります。ちからいし。

この石を持ち上げて、男衆達が、力自慢を競い合う風景。そんな風景が、日本中、どこへ行っても見ることができました。
ウィキで「力石」を見てみると、安政6年(1859年)生まれの大和国二上村の力士、大の松為次郎が、体重二十貫(75kg)くらいにも関わらず、米8斗5升(154kg)と同じ重さの力石を気楽持ち上げた、とあります。ふ〜ん。

以前にもご紹介しましたが、土佐、介良出身の、竹内甚五郎という人物。
土佐の国分寺のカタギ石(バンモチ石)は、なんと48貫。180kg。それを十六夜のバンモチ会で担ぎ、しかも16年連続で担ぎ上げて堂の周りを回った、と介良風土記にあるそうだ。

そういった力持ち伝説は、今も各所に残ります。
2014年11月17日にご紹介した、東秦泉寺、堂の前のバンモチ石は、27貫(101kg)で、ここのよりは少し小さめ。
バンモチは、石の大きさだけではなく、その持ち方や石の組み合わせなど、様々に趣向を凝らして行われよったにかありません。

この写真のバンモチ石、かなり大きい部類のものと思われますが、近在の相撲取りや力自慢が、この境内で持ち上げて歩く姿を見てみたかった。
そんな娯楽で、強く強くつながっていた、地域のコミュニティ。


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