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(2003年10月24日〜11月2日)
| [191] 月の瀬橋から月を観る - 2003/10/24(Fri) |
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2003年10月24日(金)快晴ですね
今朝も快晴の鏡川を本当に気持ち良く走って来ました。写真は、中流域に架かる「月の瀬橋」から観た日の出前の東の空。筆山の上方にお月様が写っちゅうががわかりますが?今朝の月齢は28。ホソーい三日月形がとても可愛らしいです。明日の夜には新月を迎えますね。
以前にも書きましたが、この辺りは、坂本龍馬の家に近いので、この川で龍馬も泳ぎまわりよったと伝えられちょります。また、この月の瀬橋の北側に、後に海援隊士として大活躍する俊才「近藤長次郎」の家がありました。 |
安政の大地震で家を失った画家で当代随一の知識人「河田小龍」(ジョン万次郎が土佐へ帰って来た時に、西洋の事情を詳しく聞き取りをしたりしちょります)は、この近藤長次郎の叔父さんの斡旋で、この川べりに住むことになりました。
一説には、饅頭屋の生まれではあるが飛び抜けて優秀な長次郎に最高の学問をさせるため、その叔父さんが小龍に恩を売って、長次郎を門下生にもぐり込ませたのだとも言われちょります。
長次郎はどんどんと頭角を現し、龍馬のもとで幕末を駆け抜けることになりますが、龍馬も、近所に河田小龍が住んだおかげで、多くの国際的知識を吸収することができ、あの素晴らしい思想と行動力が形成されて行ったとも考えられる訳であります。
考えてみれば近藤長次郎の学問好きの叔父さん「門田兼五郎」さんの功績は大きいですね。たぶんこの人、誰も知らんとは思いますが。
世の中、面白いです。まっこと。 |
| [192] 物部川の日の出 - 2003/10/25(Sat) |
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2003年10月25日(土)快晴です
今朝は高知県南国市にあります、ひまわり乳業南国工場へ来ちょります。ここは昭和40年に建設された弊社の主力工場で、約110アイテムの商品を毎日毎日製造しよります。
この工場は、清流物部川の堤防沿いに建てられちゅうがです。物部川は、四国山地に源を発する全長71kmの清流で、流域人口は約4万人であると、国土交通省の本には書かれちょります。
今朝は、工場の前の土手から、物部川の日の出を撮影してみました。黄金色に輝く朝日が荘厳で、とても感動的でした。 |
南国市は、土佐の穀倉地帯ですが、その水利を担うちゅうががこの物部川なんです。藩政期初期の土佐の名執政「野中兼山」が、この川の中流域の山田地区に「山田堰」を築き、灌漑用水の水路を通して、香長平野を大穀倉地帯に作り替えたのであります。
また、物部川の河口付近は非常に歴史の古い所です。南国工場の南西、田村地区には、弥生時代の大きな村落の遺構が残されちょります。たんぼに付けられた裸足の足跡がそのまま残っちゅうがが面白いですね。また、この田村界隈には、中世、土佐の守護屋敷が置かれ、行政の中心地としても栄えた実績を誇ります。
今は、高知空港の滑走路がドーンと走り、その廻りをたんぼが取り囲む優雅な風情となってます。よく見ると古い祠や神社が多く鎮座しており、このあたりの歴史の古さを感じさせてくれます。 |
| [193] 県営渡船と浦戸大橋 - 2003/10/26(Sun) |
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2003年10月26日(日)快晴、秋晴れ!
今日もよう晴れちょります。朝っぱらから浮かれて浦戸湾を一周走ってきました。ひまわり太郎Jr.1号が自転車、その脇をひまわり太郎が走るといういつもの犬の散歩状態バージョンで、浦戸湾西岸を南下、横浜地区で先日来ご紹介してます「衣ケ島」で休憩の後、瀬戸地区から長浜、御畳瀬(みませ)と楽しく走りました。
みませ 見せましょ 浦戸を開けて 月の 名所は 桂浜 よさこいよさこい
の歌詞で有名な御畳瀬は、古くから漁業の町として栄えました。今でも漁船が並び、冬になれば魚の干物がずらーっと並べられるおいしい町ですね。 |
その御畳瀬から、浦戸湾の東岸にあります「種崎(たねざき)」まで、県営渡船が運行されよります。古くから地域住民の足として、浦戸湾の巡航船が活躍しよりましたが、車社会の発達で次第に姿を消し、今ではこの渡船だけになってしまいました。県営ということで、何と「無料」。
写真は、その渡船で喜ぶひまわり太郎Jr.1号ですね。彼方に写っちょります橋が「浦戸大橋」と言いまして、浦戸湾の入り口の東西を結ぶ美しい橋。つい先日まで有料でしたが、念願かなってやっと無料化されました。この橋が無料化されるまで、この渡船には自動車も無料で乗れたがです。小さいフェリーなんで、4台しか乗れませんでしたが。しかし、浦戸大橋無料化に伴いまして、この渡船も歩行者、自転車専用になりました。
今日はこの渡船で種崎へ渡って、浦戸湾東岸を北上、弘化台を経由して家まで帰って来ました。
結構な距離になりましたね。半日コースの楽しい浦戸湾散策になりました。 |
| [194] 熊本城の谷干城像 - 2003/10/27(Mon) |
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2003年10月27日(月)快晴ですたい
おはようございました。今朝は出張で熊本ですたい。
昨夜の馬刺と馬焼の余韻に浸りながら、加藤清正築城で有名な名城熊本城界隈をたつくって参りましたばい。
前回熊本出張の際のにっこりひまわりにも書きましたが、高知県人にとっての熊本城と言えば「谷干城(たにたてき)」ですね。
明治10年の西南戦争の際の政府軍熊本鎮台司令長官として名を馳せました。土佐藩出身で、優れた武人ではありましたが、人間としては武辺一点張りではなく、柔軟でバランス感覚に秀でた、とても魅力的な人物です。 |
西南戦争の折、ここ熊本城で少数の兵を率いて篭城し、薩摩軍の猛攻を耐え凌ぎました。妻子を連れての戦争でしたが、食料が底をつくなか、妻たちも頑張ったと伝えられちょります。二の丸近くの空堀には、その、妻たちが天幕を張って耐え凌ぎ、兵を鼓舞したことを顕彰した碑が建てられちょりました。
写真は、谷干城像。熊本城の公園内に、ご覧のようにドーンと据えられちょりました。ひまわり太郎勉強不足で、谷干城のこんなにりっぱな銅像が在ることを知りませんでした。高知にはこんなのございません。
遠く離れた地に、土佐人を顕彰した像があったりすると嬉しくなってしまいますね。有意義な熊本の朝でした。 |
| [195] 福岡ドームばい - 2003/10/28(Tue) |
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2003年10月28日(火)よう晴れちょるばい
今日は博多ばい。
出張で、福岡に泊まっちょりましたばい。
と、言う訳で、神様の思し召しにより、本当に偶然なんですが、昨夜は日本シリーズ最終戦が行われた福岡に居りました。すんごかったですねえ。
福岡在住の、福岡ドームを見下ろせる知人宅にて、ダイエーの応援に引っ張りこまれちょりました。さすがにこの博多の街では圧倒的にダイエーファンが多く、この熱狂的なファンに囲まれたダイエーの選手は、阪神の選手にも劣らず、本当に幸せ者だなあ、と、思ってしまいました。 |
そこで、今朝は、博多駅前からスタートして中州を通り、大濠公園の前を通って福岡ドームまで走ってきました。
中州は、まだ昨夜の余韻が残っちょりまして、なんとなく興奮した空気が漂いよりました。朝5時半に、まだ営業中の屋台のラーメン屋さんがありました。
福岡ドームはご覧の通り。朝日を浴びて、静かに佇んでおりました。昨日のお祭りが夢の様ですね。 |
| [196] 高知城と中央公民館 - 2003/10/29(Wed) |
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2003年10月29日(水)快晴ぢゃきに
昨夜遅く、やっと高知へ帰ってきました。やっぱし高知は落ち着きますね、熟睡できました。
今朝も高知はとても良い秋晴れのお天気。九州の山中では紅葉が色付いてきれいでしたが、高知の城下はまだまだ緑鮮やかです。日の出前後の空の色は、表現のしようが無いほど美しいですね。
写真は、日の出前の高知城を、南東から撮影したもの。バランスのとれた天守閣が印象的です。この交差点の角から西へ2件目には、山内家の家老職を努めた五藤家の屋敷の一部が残っちょります。司馬遼太郎先生の「功名ケ辻」に、山内一豊がまだぺーぺーの時からの家来として登場する五藤吉兵衛の子孫ですね。 |
交差点の向こうに、お堀を渡る橋が写っちょります。橋の向こうは、現在は「丸の内緑地」という公園になっちょりますが、昔、ここに中央公民館がありました。ひまわり太郎ご幼少のみぎりには、ここで色んな催しごとがありました。高知市内の小学校の合同音楽会なんてえのもありまして、ここから一番近い追手前小学校の我々が、学校から楽器を持って歩いて来たこともありました。
なかなかにボロい建物でしたが、色んなコンサートはここか、県庁前の農協会館でで開催されよりましたよね。
ひまわり太郎小学生のときに、高知新聞社のビルに「高新ホール」ができて、ここが各種コンサートの会場になります。ひまわり太郎中学生のときに高知県民文化ホールができまして、ここが中心になります。
この写真を見よりますと、当時の公民館の面影が浮かんできます。 |
| [197] 南国工場の朝日 - 2003/10/30(Thu) |
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2003年10月30日(木)快晴です
今日も秋晴れ。素敵な朝です。
今朝は、早朝からひまわり乳業南国工場に行っちょりました。先日も書きましたが、ひまわり乳業南国工場は、高知市の東隣の南国市(「なんこくし」です。「なんごくし」ではありません)物部(ものべ)に昭和40年に建設された工場です。清流物部川の豊かな自然に恵まれ、高知空港に車で3分という便利さも併せ持つ、ひまわり自慢の工場でございます。 |
写真は、その南国工場の一部を撮影したもの。朝日がまぶしいですね。手前右側の建物は、工場内の低温物流センター、その奥が牛乳類を製造充填するメインの工場です。左手にボイラー室が少しだけ写っちょります。写真には写っちょりませんが、その左が粉乳加工工場、それから資材庫を挟んでペットボトル充填工場と続きます。
それから「土佐くろしお鉄道ごめん奈半利線」の高架をくぐり抜けると大きな冷凍倉庫、資材倉庫が建っちょります。
写真の、物流センターの手前、緑が少し濃ゆうなっちゅう部分は、青汁十菜や菜食健美に使用するケールの栽培を研究する試験ほ場でございます。
見学大歓迎ですので、機会がございましたら是非おいでになってください。 |
| [198] 野村茂久馬翁銅像 - 2003/10/31(Fri) |
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2003年10月31日(金)晴れ
高知城の周辺には、たくさんの顕彰碑やモニュメント、銅像が建立されちょります。今朝写して来たのはその一つ。
一昨日のにっこりでご紹介しました、高知城南東の「丸の内緑地」にございます、「野村茂久馬」翁の銅像ですらあ。
この銅像の題字は、吉田茂総理大臣によるもの。そもそも野村翁とは何者なんですろうか?高知の皆さんはある程度ご存知ですよね。明治大正昭和にかけて大活躍した実業家で、「土佐の交通王」とも呼ばれた人物です。 |
バス路線の整備や電車事業を興し、自動車による貨物輸送、船舶による物資の輸送など、幅広い分野で事業展開を行い、土佐の財界に君臨しました。
フォード自動車の販売業をやったりもしちょりますね。高知商工会議所会頭や貴族院議員を歴任し、社会活動分野でも大きな功績を残しちょります。
土佐に残る料亭「得月楼」におりました90歳を超えるお姐さんのお話を聞いたことがあります。ここ「得月楼」は、その昔は「陽暉楼」といいまして、映画の舞台にもなった西日本随一の大料亭でした。
野村翁は、古き良き時代(もちろん戦前)、ここでよく豪遊されたそうです。ちくと今では考えられんですが、大広間に豆腐をぎっしりと並べ、割り箸を苗に見立てて、大勢の芸者さんに着物の裾をまくらせて、せえのおで「田植え」をしたりした遊びも今では語り草ぢゃねえ。 |
| [199] 高知城の石の樋 - 2003/11/01(Sat) |
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2003年11月1日(土)快晴
今朝もよく晴れました。高知城の「あんまり知られちゃあせんオブジェ」シリーズ第2弾は、「石の樋」。
写真の石垣の上に顔をのぞかせちゅう建物は、ご存知高知城の天守閣。追手門から入って広場を抜け、杉の段へ上がる石段の途中から見上げた構図です。
陰になって見えにくいですが、右上方の石垣の途中から、飛び込み台の様に張り出した石のオブジェがございます。これが「石の樋」。雨ドイですね。 |
高知は雨がこぢゃんち降る土地柄です。この高知城も、大雨対策を考えて築城されました。雨水をどうやって排水するのが一番速やかか、という問題を考えたあげく、排水路を掘って、その水を石の樋を使って下の排水路に落とし、さらにその下へ落としていくという方法を採用したそうです。
城内に16カ所、この石の樋が設けられちょったそうですね。暗渠から出て来た水は、石垣に当たらんようにこの石の樋から吹き出すように排出され、地面を保護するために作られちょった敷石の上に落ちていきます。
この石の樋、雨が激烈に降る高知ならではの施設だそうで、他の地域のお城には見あたらんそうでございます。
昔の人の知恵ですね。
さあ、段々と天守閣に近づいてきました。明日はいよいよこのにっこりひまわり連続200日達成の予定です。
う〜ん、楽しみ♪。 |
| [200] 祝! 連続200日本日達成! - 2003/11/02(Sun) |
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2003年11月2日(日)曇り時々雨
ジャンジャカジャカジャカジャカジャカジャ〜ン♪
ついに、ついにやりました。ひまわり太郎、本日をもちまして、「今日のにっこりひまわり」連続100日達成でございます。
思えば今年の4月17日に、この高知城の二の丸から天守閣を見上げてスタートしてから200日、雨の日も風の日も、台風の日も猛暑の日も、二日酔いの日も県外出張の日も、なんとか休まずに続けてまいりました。
個人的な日記ですので、自己満足の為、と言われてしまえばその通りでございまして、返す言葉も無いのでありますが、まあ、ヒトに害を与える訳でもございませんので、長い目で見守っちゃっていただければ至上の喜びでございます。 |
ひまわり太郎といたしましては、この「にっこり」を始めてから、生活のリズムがとても良くなり、一日の始まりが引き締まる感じになっちょりまして、実を言えばえいことだらけです。
時々、ホントに時々ですが、励ましの有り難〜いお言葉を頂戴することも増えて参りまして、ますます増長する今日この頃でございます。
これからも、楽しく続けてまいりますので、たまにはご意見、ご感想などを頂戴できれば幸いです。
写真は、言わずと知れた「高知城」。
天守閣の欄干、右隅からお城下をえらそうに睥睨するひまわり太郎がわかりますでしょうか?今日のこの写真のために、ひまわり太郎Jr.を連れてやって来て、シャッターを押してもらいました。
この天守閣からの眺めは絶景で、お殿様になった気分に浸れます。最高の200回記念日でした。 |
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