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(2009年5月5日〜2009年5月14日)
| [2211] 旧鏡村、樽の滝に素敵なカフェが出現! - 2009/05/05(Tue) |
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2009年5月5日(火)曇ったり晴れたり降ったり
この連休、1000円高速効果で、高知県内はどこもかしこもヒトだらけ。すごいもんですね。で、今日は、そんな喧噪が嘘のような、奇跡のような素敵なスポットへ行っちょりました。内緒でご紹介しましょう。
ここは、以前にも走りに行ってご紹介したことのある、旧鏡村の奥の奥、「樽の滝」でございます。ここに、突然こぢゃんとお洒落なカフェが出現しました。つい数日前から。
高知出身で現在高知在住の有名な直木賞作家、坂東眞砂子さんプロデュースのカフェ「La Cascade」で、このように、素敵な庭で営業しゆう自然満喫型のお店でございます。
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坂東さん曰く「雨天定休」。つまり、雨が降ったらお休みということで、自然まかせの運営をされゆうという訳ですな。土佐の歴史好きというご縁で最近坂東さんの手下になっちゅうひまわり太郎、今日は家族でこのオープンしたてのカフェに行っちょりました。
感動。
今日は朝から雨で、開けろうかどうしょうか迷いよったそうですが、雨があがったということで営業を始めたところへ我々がおじゃましたがです。カフェをやる、とは聞いちょりましたが、こんなに本格的なメニューとは知りませんでした。
イタリア在住が永かった坂東さんプロデュースだけあって、ピザとパスタは絶品。ここで燻製にした手作りのスモーキーベーコンのパスタとピザを食べましたが、こぢゃんと素敵。ハーブティーも素晴らしゅうございますし、坂東さん手作りのケーキも楽しめるという贅沢。
この大自然の中、鳥のさえずりを聞きながら、美味しいイタリアンを食べてハーブティーでくつろぐ、というこの上ない贅沢を、このゴールデンウィークに味わえたがはラッキーですな。告知をまったくしちゃあしませんので、誰っちゃあ知らんと思います、この奇跡のスポット。連休は7日まで営業で、都合で13日までお休みし、その後また営業を再開するそうですきに、こんな自然の雰囲気が好きな方は勇気をもって山道に車を走らせてみることをお薦めしますね。 |
| [2212] 土佐の雪道、お地蔵さん - 2009/05/06(Wed) |
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2009年5月6日(水)晴れ!
今日は雨が降るという天気予報やったですけんど、晴れました。キレイに晴れました。良かったですね。
で、今朝は、一昨日ご紹介した見事な景観の城ヶ森へ、メッソ時間が無かったので車で行っちょりました。Jr.2号とかにも、ぜひあの素晴らしい眺望を教えちょきとうて、車で行っちょりました。頂上真下まで車で行けるがですが、あんましお天気が良うて心地良いので、数百メートル手前で車を降りて、鮮やかな緑のトンネルを楽しみながら登ってみたのであります。
あの素晴らしいパノラマは、誰でもちょっとビックリしますね。
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いや、ホントに見事ですきに、機会がありましたらぜひぜひ登ってみて下さい。歩いても結構ですし、車でも大丈夫。
そして、一昨日、にっこりの中でご紹介した、頂上からちょっと下をぐるりと廻った所にある「土佐の雪道」の碑がこれ。手箱山の氷室から切り出された氷を、高知の城下の山内の殿様に届けるため通った近道の峠がここやったという訳です。この右手の山道を下っていくがが当時のルートやったがでしょう。左上に見えるのは、その峠に鎮座されちゅうお地蔵さん。寛政年間の銘がありますきに、今から200年以上前、18世紀の終わり頃につくられたお地蔵さん。こぢゃんと趣があります。
この、旧鏡村から土佐山界隈は、かなり高い所に集落が点在し、それを空の道がつないじょりますけんど、あちこちに地元の皆さんの想いがこもったお地蔵さんがあります。このお地蔵さんは、こっから高知とは反対方向に下った領家地区の皆さんが建立したもの。
山をたつくりよりますと、ビックリするような景色や想いのこもったお地蔵さんや、色んなお話に巡り会います。これがにっこりひまわりを続ける醍醐味でしょうか。 |
| [2213] 蚊居田氏の沢城趾 - 2009/05/07(Thu) |
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2009年5月7日(木)晴れ!
いよいよ連休も終わり。皆さんジャンジャンバリバリお仕事されよりますか?
ひまわり太郎の会社の皆さんも、それぞれ、マテ貝採りに行ったり野球をしたりと、楽しみよったみたいです。
ここは南国工場のある南国市。大そねの交差点を南へ行くと、道路がクネクネと曲がり、三和の小学校の横を通ります。ここはその南の里改田(さとかいだ)。このまま南へ行けば浜改田(はまかいだ)。つまりこの界隈は「改田」ということで、中世から戦国にかけて、蚊居田(かいだ)氏が活躍した土地ということらしいです。 |
で、そこは現在ではこのように田んぼが広がる農村地帯ながですが、その真ん中にご覧の通りこんもりとした森があります。何やらいわくありげでしょ?
どうやらこの中に城八幡が鎮座されちょって、そこが蚊居田城跡らしいのであります。別名、沢城とも呼ばれたお城は、長宗我部地検帳によりますれば1町余りの正方形の城郭やったそうで、つまり100m四方ということですきにかなり大きなお城。お城と言うより大きな居館という感じやったでしょうか、蚊居田氏の勢威の強さを伝えちょります。
「土佐遺語」という本に「森・国沢・千屋・蚊居田此の四家、勢い守護に次ぎ、各々二千貫主也」と書いちゃありますきに、長宗我部氏など、戦国七雄と謳われた守護大名に次ぐ勢力を誇った家柄やったらしいがです。この四家、今の筆山の潮江城の森氏、今のひまわり本社東側の国沢城の国沢氏、こっからもうちょっと西の千屋氏と、ここ沢城の蚊居田氏ですね。いずれも、最終的には長宗我部氏に下って、有力家臣になっちょります。
初夏の水田の中に浮かぶ森は、そんな歴史を伝える大切な史跡やったりします。 |
| [2214] 3社共同特別企画とひまわり乳業 - 2009/05/08(Fri) |
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2009年5月9日(金)晴れ!
今日はまた暑いですな。30℃近うまで上がったみたいです。もう夏。
さてさて、高知の皆さん、今日の高知新聞ご覧になりましたか?ひまわり太郎、今朝、新聞を開いてみてビックリしました。
こないだうちのニュースで、高知の小売業の雄、高知大丸さんとサニーマートさんとサンシャインチェーンさんが、定額給付金がらみで3社共通のプレミアムお買い物券を発売する、というがをやりよりました。今日の高新に、その1面広告が載っちょった訳ですが、それを見てビックリした訳ですね。写真がその紙面。 |
一番下には、3社の社長様が握手をされちゅう写真、上にはお買い物券の内容が記載されちょって、真ん中に、それぞれの企業が推す自慢の商品が掲載されちゅうがです。「やっぱり高知がうまい!」というキャッチコピーで並んだ商品を見てみますと、それぞれの企業の商品写真に、弊社製造の商品が写っちゅうではありませんか。右端のサンシャインチェーンさんでは、ペットボトルのジュース「山北みかん」が、真ん中のサニーマートさんでは、「鹿嶋さんと大崎さんの低温殺菌牛乳」が、左端の高知大丸さんでは、弊社が委託で製造しているペットボトル柚子飲料「YuzuYuzu」が掲載されちょります。すごいもんですね、弊社の実力も。
たぶん期せずしてこんなことになったがやと思いますが、偶然こんなことになるがも、弊社が作りゆう商品に高知らしい特徴が溢れちゅうということながでしょうか。下の記事に「高知・活性化の思いをひとつに」と書かれちょりますが、そんな思い実現の一助に弊社がなりゆうとしたら、こぢゃんと嬉しいことです。
もちろん商品の企画は、それぞれの企業様の思いですすめられたものですが、それを作らせて頂きゆうががひまわり乳業という訳で、ホントに嬉しいですね、まっこと。あらためて、高知で物づくりをしゆうことの素晴らしさを実感した、そんな高知新聞でした。 |
| [2215] 四万十市、香山寺周辺の幽玄 - 2009/05/09(Sat) |
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2009年5月9日(土)中村は快晴!
てな訳で今朝は中村。今は四万十市。
早朝から起き出しまして、赤鉄橋西詰から南下、中筋川を渡って香山寺の山を駆け上ってきました。以前にも一度駈け登った、中村の市街地を見下ろす標高200mくらいの山。頂上には世界中の藤の木を植えた公園があるがですが、今日はもう花も終わっちょったがが残念でした。
この頂上には、香山寺というお寺があります。今のお寺の建物は、昭和30年代に建てられたというこぢんまりしたものですけんど、その昔はこぢゃんと大きいお寺やったみたいです。何でも、弘法大師の開基と言いますきに古いですね。 |
鎌倉時代の文書によれば、この界隈、幡多荘内では最高のお寺として尊崇されちょったそうですね。もちろん一条家にもこぢゃんと大切にされました。
とにかく七堂伽藍を有するという大寺やったそうで、今のこぢんまりした風情からは想像できません。と、思いながらお寺周辺を歩きよりましたら、このように幽玄な雰囲気に溢れちょります。
あちこちに巨石が転がり、この右手には古い石垣が。石垣は、この界隈のあちこちに組まれちょりまして、大きな建物があったであろう広いスペースもどっしこ。
今はご覧の通り西国三十三箇所観音霊場の石仏が並び、独特の神秘的な雰囲気を盛り上げてくれよります。この向こうには樹齢500年の大杉が屹立しちょりますね。
今日は通らんかったがですが、山の東から登ってくる参道の山道には、巨石や石仏がどっしこあって、この山の神秘性を物語っておるそうです。中でも、「元享二年正月十一日藤原國次」と刻まれた巨岩があるががすごいです。元享二年と言えば1322年。南北朝時代の直前ですな。そんな時代の銘が刻まれた岩がある、香山寺の参道。
いやいや、ちょっとこの雰囲気には圧倒されました。歴史の深さをず〜ん、と感じた中村の早朝です。 |
| [2216] ニッポンのプロ野球 - 2009/05/10(Sun) |
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2009年5月10日(日)晴れ!松山も暑いぞなもし
しかしまあ暑いですな。夏の日差し。
ここは松山。愛媛県松山市の坊ちゃんスタジアム。初めて来ました。たぶん四国で一番大きい野球場、坊ちゃんスタジアム。でかいです、なかなか。ヤクルト広島の公式戦を昨日今日とこの素敵な野球場でやりよった訳で、賑やかでした。
ヤクルトの主催試合やったがですけんど、ここ松山は広島から海を渡ってしゅっとということで、球場は赤い色の方がかなり多かったみたいです。 |
ここは内野2階の自由席ですけんど、ご覧のようにこっから外野にかけてはスタンドも赤うに染まっちょりました。
応援団も賑やかで、リズムに合わせて半分づつが立ったり座ったりと忙しい応援は、ゆっくりしゆう暇がありません。が、球場全体が一体感があってエイですね。ニッポンのプロ野球観戦は、やかましゅうてイカン、てなアメリカ好みの野球ファンの話もありますけんど、実際にこうやって体感してみると、これもなかなかエイです。
強烈な日差しの中、賑やかにのったりまったりとニッポンのプロ野球に浸って参りました。
プロ野球で思い出すがは、西武球場。東京で学生をやりゆう頃、私ひまわり太郎は、まだできたばっかしの西武球場で弁当売りのアルバイトをしよりました。西武ドームではなくて西武球場。所沢に本拠地を持ってきた西武球団ができてすぐの頃で、応援団も初々しかった時代。優勝して大騒ぎしたがが楽しい想い出です。
プロ野球は立派なニッポンの文化ですな。アメリカのベースボールとはちくと違います。 |
| [2217] 神池の竜神さまと潮江天満宮 - 2009/05/11(Mon) |
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2009年5月11日(月)快晴!暑い!
今日も暑かったですな。夏です。
早朝の鎮守の森は、神々しい朝日が差し込んで輝きよりました。いつもの潮江天満宮。何度もご紹介しちょりますが、楼門をくぐった先に、この神池があります。冬の間居らんなっちょったカニさんを見かけるようになった神池。この池は、幡竜宮(竜神さま)ということで、竜神様の棲む池でございます。
この潮江天満宮の縁起は、びっしり語っちょりますきにご存じですよね。名臣菅原道真公は、藤原時平の讒言で、901年に九州太宰府へ左遷されました。
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その際、ご長男の菅原高視さんも土佐へ流され、この潮江の南の山の麓にお住まいになられたのでありました。今の高見町、高見山はそっからついた地名でしょう。
で、道真公が太宰府で失意の内に憤死された後、道真公の忠臣松本春彦(白太夫)さんが、その遺品をご長男の高視さんに届けようと土佐へやって来ましたが、到着直前、大津で薨去されました。悲しいお話です。後に、その遺品を受けた高視さんが、筆山の北麓にあった竜神さまの祠に収めて霊爾として祀ったがが、ここ潮江天満宮の始まりということ。つまり、竜神さまが先にあったということで、現在の潮江天満宮の境内に鎮座されちゅう竜神さまと言えばここだけですきに、ひょっとしたら天満宮以前の元々の神様はこの神様ながかも知れません。
大きい神社には似いたようなお話がありまして、松山のあの椿神社は、伊豫豆比古命がやってくる前の地元の神様を「奏者社」として祀っちょります。もっとも、奏者社の、しおなるたぐつなのおきなは、伊豫豆比古命さんと伊豫豆比売命さんが船でやって来た際に、そのとも綱を取って招き入れた神様ですきに、なかり協力関係にあります。ここの竜神さまは、元々の神様ですけんど、天神様に積極的に協力した訳ではないですね。が、天満宮以前の信仰を、キチンと今に伝えゆうがでしょうか。
そう言えば、竜神さまと言えば蛇ですが、ここ潮江天満宮の境内では、今までに2回、蛇さんに遭遇しちょります。2004年10月7日と2007年9月21日のにっこりをご覧下さい。竜神さまは、大昔から今まで、ちゃんとここで我々を守ってくださりゆうのであります。 |
| [2218] 田村城から空港の滑走路を抜けると千屋城 - 2009/05/12(Tue) |
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2009年5月12日(火)晴れ!
今日も暑うございます。
こないだ、5月7日のにっこりで、土佐の戦国時代、戦国七雄に次ぐ勢力として森、国沢、千屋、蚊居田の四家があったというお話をしました。で、蚊居田城の西に千屋氏の本拠と書きましたが、あれは間違い。何の勘違いやったがでしょうか。千屋氏の本拠、千屋城は、あっから東にあります。
それがたぶんこの界隈。室町時代、土佐の国を支配した守護代、細川氏のお城が南国市田村にあります。そっから、高知空港の滑走路の下を抜けるトンネルがあるがですが、それを南に抜けた出口がここ。 |
このバス停に書いちゃあるとおり、ここは下田村。つまり細川氏の田村城からしゅっとという訳ですね。
千屋氏は、細川氏支配となってからの有力国人領主。この近さから考えても、かなり近しい関係やったことがわかります。
当時は、このしゅっと東側を物部川の本流が流れちょります。その昔には長岡台地の横を通って介良方面に流れよったこともあるという物部川は、この界隈に広い広い扇状地を形成しちょります。
で、たぶん当時は、今の前浜の海岸自然堤防から北側はラグーンになっちょったみたいです。湿地帯ですな。で、太平洋から、そのラグーンに入り込むように港が形成され、物流の中心になっちょりました。
この界隈にあったとされる千屋氏のお城は、こないだの蚊居田氏のお城もそうですけんど、そのラグーンの岸辺にあったがかも知れません。
戦国時代、同じ細川氏支配下の国人領主やった長宗我部氏が勢力を増し、この界隈の豪族をアッと言う間に飲み込んでいったのでありました。 |
| [2219] 今年もカニが帰ってきました - 2009/05/13(Wed) |
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2009年5月13日(水)晴れ!今日も暑い!
昨日の夜、ちくと曇ったりちょっと降ったりしましたが、今日はまたまた良いお天気。暑いですな、まっこと。
ここは今朝、早朝の潮江天満宮、大山祗神社。天満宮本殿の真裏の、小山の上に鎮座されちゅう、山と海の神様。石段を上がりきったところに、手水がありまして、ここに、また今年もカニが帰ってきました。
この手水には、水道とかポンプとかは無いので、自然に雨水が溜まるだけ。で、冬場の一時期、まったく水が涸れてしまいますが、その他の時期は一年中水が溜まっちょります。森の中なので、直射日光も差し込んで来んということで、そんなことになっちゅうがやと思います。 |
で、その手水、毎年今頃から秋まで、かなりたくさんのカニさんがやって来てたむろするのであります。ここへ毎年必ずピンポイントでやって来る、という自然の不思議。友人の子供さんの話では、アカテガニではなかろうか、ということやったです。で、調べてみますれば、冬場は冬眠して、数年から十数年生きるそうですきに、思うちょったより長寿ですな。
この手水、面白いのは、夏を過ぎると小さい子供のカニが増えること。生態を調べてみますと、7月か8月の大潮の日に海岸で産卵、生まれた幼生は、ゾエア幼生、メガロパ幼生を経て小ガニになり、上陸してくるがやそうです。ですきに、ここに大勢でやって来る小ガニは、海からここをめがけてピンポイントでやって来る訳で、これもすごいこと。毎年ですきね。
この手水では、今朝はこのように団体さんで過ごされよりましたが、実は、一昨日、今年初めて1匹を確認したばかり。それまではカニのカの字も見えんかった手水。一昨日と昨日は1匹だけで、今朝になったらこのように団体さん。
大自然の神様の前で繰り広げられる大自然の営みはなかなか感動的です。 |
| [2220] 野市の深渕神社、深渕水夜礼花命さん - 2009/05/14(Thu) |
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2009年5月14日(木)晴れ!暑い!
もうすっかり夏になった高知県地方。強烈な日差しが朝からさしております。
南国工場の東、物部川を渡った野市は、藩政期初期に野中兼山さんが山田堰をつくって農業用水を引いてから、広大な農地として栄えた町。ですけんど、それ以前の大昔から、多くのヒトの住む重要拠点ではありました。それが証拠に、古墳とかもありますし、平安時代に流されてきた貴族、紀夏井さんゆかりの施設跡もあったりします。
ここはその野市の深渕神社。そんなに目立たずに、ひっそりと建っちょりますけんど、この神社は立派な延喜式内社。 |
元々はこの場所にあった訳ではないそうですけんど、この界隈にはあったようです。明治25年にこの場所に遷座され、今に至っております。
ご祭神は深渕水夜礼花命(ふかぶちみずやればなのみこと)。あの素戔嗚尊の4代目の子孫やそうですね。この神様を祀っちゅう神社としては、全国的にもかなり有名なお宮さんが、ここ野市の深渕神社。ひっそりシマカに鎮座されちゅう神社にも、こんなに由緒ありまくりのお宮さんがあったりしますきすごいですな。ひまわり太郎、こんなに近くで仕事をしよりながら、実は知りませんでした。
神様の系図を見よりましたら、この深渕水夜礼花命、おばあちゃんが木花知流比売(このはなちるひめ)さん。彼女が素戔嗚尊の息子さんと結婚し、生まれた子のそのまた子が深渕水夜礼花命という訳です。木花知流比売さんはあまり聞きませんが、木花咲耶比売(このはなさくやひめ)さんは良く聞きますよね。ともに、昨日手水のカニをご紹介した大山祗の神様の娘さん。つまり深渕水夜礼花命さんは素戔嗚尊の曾孫にして大山祗の神様の曾孫でもある訳ですな。
そしてそして、この深渕水夜礼花命さんの曾孫に、大国主命さんがいらっしゃるのであります。かなり重要人物でございますな、深渕水夜礼花命さん。お名前の通り、水の神様として、この近在の鎮守の神様として尊崇されてきたそうです。 |
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