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牛島と無間の鐘と幸せ〔5086〕2017/03/19

牛島と無間の鐘と幸せ

2017年3月19日(日)良いお天気

昨夜は、ひまわり乳業大宴会というのをやってました。年に一度の全社大宴会。呼びかけや余興などのすべての企画を、若手社員たちだけでやる、という大宴会は、今回で5回目。
会社の役職など完全に関係なく、色んな部署の皆さんがゴチャゴチャになって、楽しむ。僕も、かなりの余興に出場を強制されまする。いや〜、楽しい。
空気感の向上、という今の目標にとって、とても効果的。
それにしても普段、仕事中には決して見せない色んな顔を、若手社員さんたちが見せてくれる。未来は明るいと思いました。とても、幸せを感じた夜。皆が幸せを感じることができる会社にしていきたい。

今日は日曜日。昨夜、かなり遅くまでは飲んでましたが、早朝に目覚め。香川県に私用で行ってました。で、時間をつくり、牛島へ。
そう。こないだ、瀬戸大橋を走るマリンライナーから撮影してご紹介した、牛島。2016年1月現在で十人が10名だった、牛島は、とても美しい島ということ。ぜひ、一度、上陸してみたいと思ってましたが、こんなに早くチャンスが訪れるとは思ってませんでした。

丸亀港から小さな客船に乗る。本島行き。本島は大きい島で、毎日何便もの船が丸亀港との間を往復しているのであるが、そのうち1便だけ、牛島の里浦港に寄港する。それに乗ると、牛島滞在2時間で、丸亀へ帰って来れるのであります。

小さな客船は満員。ですが、牛島で降りたのは、僕を含めて6人でした。
若者二人は、下船するや、南の小浦へと急ぎ足で歩いて行きました。後でわかったんですが、墓参り。帰りの船には乗ってなかったので、墓参し、昔の家に泊まるのでありましょう。
残り3名は、僕と同じように、牛島を歩きにきた人たちでした。帰りの船も、一緒。

さて。
里浦から小浦まで徒歩10分。港沿いの家で、片付けをしていたおばあちゃんと、少し話しました。
海岸で、丸亀で買ってきた食事を食べながら、瀬戸内海の風景を満喫する。そして、里浦へ帰る途中、農作業をしていたおんちゃんに、池神社さんの場所を聞く。
山の斜面に鎮座まします池神社には、なんと、元禄時代の年号が刻まれた石灯籠。1600年代。すごい。牛島は、こないだも書いたように、江戸時代前期から中期にかけて、海運業の基地となって豪商が拠点にした、島。丸尾五左衛門という、とてつもない海運の王者がおりました。
場所を教えてくれたおんちゃんに、元禄の石灯籠とか建物とか、すごいですね〜、と話しかけると、丸尾五左衛門の話をしてくれました。
「栄えとった頃は700〜800人くらい住んどったいうけんのう。今は9人じゃ。」

9人ですか。去年から、また、一人減ってしまった。

里浦に戻り、極楽寺へ。
極楽寺は、丸尾一族の墓所がある、お寺。今はお坊さんも常駐せず、すこし寂れた感満載の、お寺。廃墟が並ぶ集落の中に、鎮座。往時はかなりの勢力を持ったお寺さんであったと思われます。
そのお寺さんに、この、鐘撞堂と梵鐘が、あります。延宝五年(1677年)という古い銘のある、梵鐘。かなり貴重なものですが、この梵鐘は、伝説で有名なんですね。

この鐘をつくと、一度は巨万の富を得て、栄華を極めるが、やがて没落するという恐ろしい伝説。言い伝え。丸尾五左衛門は、この鐘をついたと言います。
そして、瀬戸内海随一の豪商となり、並ぶもののない権勢を誇る。しかし、幕府の政策変更等により、吉宗の時代以降、衰退、没落していった丸尾家。
その梵鐘は、「無間の鐘」と呼ばれ、今も、このように釣り下がっています。

僕には巨万の富も必要ないし、栄華を極めるつもりも、ありません。なので、鐘をついてきませんでした。会社は、まず、社員さんの幸せの為に、存在しますもの。僕たちが目指すのは、幸せを感じられる、会社。巨万の富があっても、永続しなければ意味がないし、働く人たちが幸せを感じていなければ、なんの存在価値も、ない。そんなことを昨夜の大宴会で実感し、この鐘を前にして、またまた実感しました。

人口9人。でも、とても良い島でした。牛島。


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