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ひまわり乳業の生立ち(戦後編)2000/11/22

八洲夫が中心になって組織された高知牛乳卸商業組合は、戦争の荒波にもまれながらも発展して行きました。終戦後の昭和21年、この商業組合を母体に、高知市南与力町(現与力町-本社所在地)に土佐乳業株式会社を設立、八洲夫が社長に就任します。八洲夫49歳の春のことです。また、同じ年、社団法人高知県酪農協会を設立し、酪農家への乳牛の貸与等を通じて高知県の酪農振興を図って行くことになります。


昭和24年には「高知牛乳食品株式会社」と社名を変更し、昭和37年に中村工場、昭和 40年に南国工場を建設し、高知県全域に牛乳を販売する体制を整えて行きます。昭和46年に愛媛県松山市へ進出、県外への足場を固めます。同年、主力商品であった「ひまわり牛乳」に因んで、社名を「ひまわり乳業株式会社」と変更、南海乳業株式会社との合併を経て、現在に至っています。製造する商品も、牛乳のみならず、皆様方の健康に役立つ食品という基本理念の下、様々な飲料を手掛けるようになりました。青汁十菜は、この考え方に沿って開発された、代表的な商品です。 創業者吉澤八洲夫に関する昭和30年頃のエピソードをひとつご紹介して、「ひまわり乳業の生い立ち」の結びにさせて頂きますが、次回は、「青汁十菜」誕生秘話をお届けしますので、ご期待下さい。


「市販牛乳の質の向上を目指す氏(八洲夫)としては他の牛乳より幾分高くとも良質品の販売を信条としてこの方針を堅持しているが、ある時、配達の組合長が皆の総意として中身の質を落として一般並みの市価にせねば他の会社に移る、と迫られたが、断固この要求を退け、ついに組合長が申出を取り下げ、氏の方針に従い、その後却って販売量が増大したといふ。」

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