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学校給食とミルクのはなし2004/02/25

子供の頃、小学校の給食で出された脱脂粉乳がイヤでイヤで残してしまい、みんなが外で楽しく遊ぶ昼休みを、冷めた脱脂粉乳が入ったアルミの鉢をながめて過ごした苦い思いでをお持ちの方、そう、そこのあなた、今日はひまわり太郎が、ニッポンの学校給食で脱脂粉乳や牛乳が出されるようになった経緯をおはなししましょう。

戦後の子供たちを救った「学校給食」

戦争は恐ろしいものです。戦争は、その当事国の食糧事情を急激に悪化させ、人々の栄養状態を悪化させてしまいます。太平洋戦争当時の日本もそうでした。

東北大学の近藤教授が、仙台市の学童について身長と体重を調査したデータがあります。これによりますと、戦争の始まる前年、昭和15年から身長と体重が落ち始め、昭和21年、最低になります。その年の6年生の体位は、昭和15年の4年生の体位まで落ちてしまったのです。

昭和22年1月20日、全国の都市部300万人の児童対象に「学校給食」が始まりました。そして、その年から児童の体位はぐんぐんと向上することになります。

「学校給食」になぜミルクが?

戦後、日本に駐留した連合軍司令部(GHQ)が、戦争で発育状態の悪くなっている日本の児童に無料で食糧を提供しよう、と考えました。そこで、学校給食を始めるとして、先の近藤教授に、小麦を提供した方が良いのかミルクを提供した方が良いのかを訊きました。近藤教授は、即座に「それならミルクを下さい」と返事したそうです。

GHQ側は、おなかをすかした子供たちには小麦の方が良いのではないかと質問したそうですが、近藤教授は「子供たちの体位を向上させるために必要なのは動物性タンパク質であるので、小麦粉よりもミルクがいいのです」と応えました。

そういった事情で、学校給食に粉ミルクが使われるようになったのであります。

近藤教授、偉い!

昭和25年には、大都市で「パン」「ミルク」「おかず」の完全給食が実施され、昭和29年の「学校給食法」の制定で現行の給食に近いかたちになりました。脱脂粉乳は、その後牛乳に変わりましたが、ミルクは学校給食にとって無くてはならないものになったのです。

脱脂粉乳から牛乳へ

冒頭にもお話しましたが、あの「脱脂粉乳」、飲みづらかったと思いません?なかにはごく稀に「おいしかった」という変わり者もいますが、ほとんどの方は「まずかった」思いでになっていると思います。冷めると、またこれが飲みにくいですよね。目をつぶって一息で飲み干しておりました。コーヒーの味付けがされている日は嬉しかったですね。

この「脱脂粉乳」のおかげで牛乳嫌いになった方も多いようですね。なぜ、脱脂粉乳だったんでしょう?

それは、救援物資からスタートしたからです。粉の状態でないと、保存して長距離を輸送してくることができなかったんです。

昭和40年代になりますと、日本国内でも生乳が多く生産されるようになり、冷蔵環境も整ってきたことから瓶の牛乳が給食に出てくるようになりました。いつから牛乳に変わったかについては地域差があり、一概には言えません。ひまわり太郎の通った高知市の小学校では、昭和40 年代前半に、たまに「ひまわり牛乳」が出るようになりましたが、脱脂粉乳が姿を消すのはもう少し後だったと記憶してます。皆さんの地域ではいかがでしたか?

「学校給食」に欠かせない「牛乳」

今では、小学校や一部の中学校での給食の牛乳は、欠くことのできないアイテムになりました。この「牛乳」のおかげで、ニッポン人の体位は飛躍的に向上しました。学校給食の牛乳がなければ、現在ほど日本人が牛乳を飲むこともなく、体位もこれほど向上しなかったと言われております。

戦前の牛乳消費量は限りなくゼロに近いですから、これほど劇的に消費されるようになった食品も珍しいですよね。


いかがでしたか?学校給食とミルクの関係についておわかりいただけましたか?

「学校給食」については、最近、「地産地消」の考え方を取り入れ、「食育(食を通じての教育)」ということが注目されるようになりました。「牛乳」という生産物も、この素晴らしい高知の大地で育まれた牛から搾られたものがいいですよね。

これからも学校給食と「ひまわり牛乳」をよろしくお願いします!

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