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飛騨牛乳の受箱〔5106〕2017/04/08

飛騨牛乳の受箱

2017年4月8日(土)曇り

そんな訳で飛騨高山。ちょっと、久し振り。
一番最初に飛騨高山を訪れたのは、学生時代。東京から自転車で高知へ帰る途中、通りました。で、その次は201年6月26日。もう、7年も前になるのか。
その時、飛騨高山に工場がある、飛騨酪農組合さんとの付き合いが始まったのであります。昨日も書いたように、「菜食健美」を、飛騨酪さんが販売して下さるようになってます。その始まりとなったのが、7年前の飛騨高山訪問。感慨深いものが、あります。

昨夜は飛騨高山に泊まってました。写真は、早朝の市内。観光客が訪れる古い町並ではないのですが、普通の街並も、なんかこう、風情ありますな。
で、写真右下をご覧ください。黄色い牛乳の受箱。「飛騨牛乳」と書かれてます。
そう。飛騨酪さんの、宅配の受箱。
出張時、よく、その訪れた町を走ります。走ってみると、その町の牛乳宅配事情がよく解るんですね、これが。
で、飛騨高山は、今も、牛乳の受箱がたくさん見られる、町。他の町に比べても、かなり目立ちます。そして、そのほとんどに「飛騨牛乳」と書いてある。飛騨酪農組合さん、恐るべし。いや、本当に、飛騨牛乳の受箱が多い。すごいぞ、飛騨酪さん。

もちろんその中には、牛乳以外にも、弊社が製造する青汁「飛騨菜食健美」が入っている場合もある訳で、なんか、嬉しゅうなりますよね。なりませんか?

一番最近、飛騨高山に来たのは、2015年6月。2年前
飛騨高山の成り立ちや金森氏のことを詳しく書いてますので、どうぞお読みください。飛騨高山が天領になったのは元禄8年(1695年)のことで、それまでは普通に大名が支配する国であった話や、天領になった経緯、理由を考察してます。

その2年前と、今の高山とを比べると、かなりの変化があっちょります。まず、高山駅がこじゃんと立派にモダンになっちゅう。僕は、前の、木造の趣のある駅舎も好きでしたが・・
そして圧倒的に変わったのが、外交人観光客の、多さ。すごい。
街を歩く観光客は、ほぼ、全員と言うてもかまんくらい、外国人。西洋系の外国人も、アジア系も、両方。2年前は、こんなに居ませんでした。観光客も、圧倒的に日本人だったのに。

なので、普通の洋品店の店先が、外人によく売れるカバン売り場になっちょったり、古くて小さい、これで成り立つのかな?と思われるようなビジネスホテルが外人向けのゲストハウスに模様替えして、繁盛しちょったり。
すごい。飛騨酪のN部長さんの話では、高校生が溜まり場にするような普通のラーメン屋が、今やお客さんは外人ばかりの「中華そば屋」になっちょったするそうです。すごい。
今朝、ホテルで朝食を食べていた宿泊客は、僕ら以外、全員外人さんでした。

環境の変化で、街は、どんどん変わっていくんだね。
もちろん、古い街並はより一層ブラッシュアップされ、観光客にも喜ばれるようなお店も、増えた。その中でも、変わらずに多い、飛騨牛乳の受箱。


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