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八重洲と耶楊子とヤン・ヨーステン〔1877〕2008/06/05

八重洲と耶楊子とヤン・ヨーステン

2008年6月5日(木)東京は曇っちょります

そんな訳で今朝は東京。昨日、高知駅から汽車に乗って大阪へ。大阪で用事を済ませて、夜、新幹線でやって来ました。東京、オリンピック開催候補地に残ったそうですね。個人的には、リオデジャネイロのオリンピックに行ってみたいです。

さて、ここは八重洲。東京駅の東側の八重洲。その語源が、徳川家康さんに重宝されたオランダ人、ヤン・ヨーステンさんという話は有名ですね。ひまわり太郎もそこまでは知っちょりました。オランダ船リーフデ号で日本に漂着し、同僚のウィリアム・アダムスさんと一緒に、始まったばかりの徳川幕府で外交貿易等に手腕を発揮しました。

ウィリアム・アダムスさんは日本名三浦按針。これは有名。ヤン・ヨーステンさんは耶楊子というそうですが、これはメッソ知られちゃあしませんね。その耶楊子さんが家康さんに与えられちょった邸地が、「やようす」から「やえす」となって、八重洲となったのでありました。

しかし!

明治の頃まで、八重洲は丸の内にありました。その邸地が丸の内にあったきです。東京駅を利用するヒトにとって、「八重洲は丸の内」と言われたら混乱しますな。明治の頃、東京駅の東にあった外濠を、日本橋の方から丸の内の八重洲方面に渡る橋が八重洲橋と名付けられたそうです。で、東京駅の拡張工事で外濠も埋められ、八重洲橋のあった界隈が、八重洲という地名になりました。ですきに、今ではここが八重洲。八重洲通りの中央分離帯に、このオブジェがあります。朝の通勤時間帯、この前を夥しいサラリーマンさんが通り過ぎていきますが、ここに、こんなものがあることを皆さんご存じでしょうか。左がヤン・ヨーステンさんの顔、右がリーフデ号。

通勤の喧噪の中、おんちゃんが一人、ヤン・ヨーステンさんのしゅっと横で静かな眠りについちょりました。


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