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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

香宗我部一族の思い〔3888〕2013/12/07

香宗我部一族の思い

2013年12月7日(土)快晴!

今朝も良いお天気。昨日はお昼から山田で飲みまして、夜になってから高知へイニ着きました。真っ赤な顔をして汽車に乗るがも、ちくと恥ずかしいですが、そこはそれ。高知県ですき。

ここは、今朝の香南市野市。野市の、東野の南東部にある、こんもりとした森の中。左端が香美神社、そして真ん中の碑には「香宗我部秀通公碑」と刻まれちょります。
そう。以前にもご紹介したことのある、戦国期の悲劇の武将、香宗我部秀通さんの碑。ここに、墓所があります。

以前にも書きましたが、簡単におさらい。
香宗我部氏は、戦国七雄のひとつと称される、古い名家。しかし、戦国後期になってくると、東の安芸氏と西の長宗我部氏に挟まれて、難しい舵取りを余儀なくされておりました。香宗我部親秀さんが当主の時代。
で、嫡男が安芸氏との戦いで戦死したので、弟の秀通さんを養子にして後継ぎとしました。しかし。長男の仇でもある安芸氏を攻略するため、長宗我部の力を背景とすることにしました。つまり、長宗我部国親の三男、つまり元親の弟を養子に迎え、秀通は廃嫡することにした訳です。長宗我部氏からの強い圧力もあったがでしょう。なかなか抗えん程、この頃の長宗我部国親の勢力は強うなっちょりました。
これに反発した秀通さん、家臣を従えて挙兵するも、暗殺されてしもうた、とされます。また、槍で奮戦してかなりの痛手を与えたあと、割腹した、という話もあります。

ここは、「御墓所」と呼ばれる森。
秀通さんと、殉死した家臣8名は、ここに埋葬されたということです。この後、親秀は深く後悔しました。結局、長宗我部元親の弟が跡を継いで香宗我部親泰となり、秀通の息子、泰吉を盛り立てていくことになって、ここに、香、長、両宗我部家が合体することになった、という訳です。

さて。
香宗我部家の子孫は、藩政期後期には土佐藩の重臣になっちょりました。中山姓で。そして、幕末に本姓の武田姓に戻したのであります。幕末に生まれた武田秀雄さんは、海軍中将まで累進。優秀なエンジニアで、海軍機関学校長も務めた人物。退役後、岩崎家に呼ばれて三菱造船に入社、会長を歴任。その折、三菱内燃機製造株式会社と三菱電機株式会社を創立、とあります。そして、両社の会長も兼務。
この、三菱内燃機製造株式会社、聞いた事ありませんか?
ジブリの映画「風立ちぬ」で。主人公の堀越二郎くんが就職し、飛行機をつくった会社。
その会社の創業期に会長やったのが、香宗我部氏の子孫、武田秀雄さんという訳です。

その武田秀雄さんの従兄弟に、武田秀山(ひでのぶ)さんという人物がおります。1853年に南与力町で生まれ、軍人となり、最後は陸軍少将。遺言で、追慕するご先祖様の眠るこの場所に葬られることを望み、ここに墓所がつくられました。野市町史跡の説明板が立てられちょりますね。

ここ、御墓所は、香宗我部一族の、様々な思いがつまった森。今でも、秀通さんの怨霊が人魂となって出現する、と言われる森。


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