大切なのは自分の「知」〔8341〕2026/02/15
2026年2月15日(日)小雨
さあ。今日は龍馬マラソン。スタート頃には雨も上がる予報。気温も20℃まで上昇すると予報が言うてますので、ランナーの皆さん、水分補給には十分お気をつけください。暑いよ~。
今年も僕は、海沿いでのったりまったり応援。以前は甲殿の海岸で応援するのが定番やったけど、昨年は新居の折り返し地点近くでした。恐らく今年も、とさでん交通バスと土佐市のドラゴンバスを乗り継いで、新居での応援。明日のにっこりでレポートしますね。
そんな訳で今朝も日経日曜版。今日はいつものようなThe STYLE欄とかではなく、最終面の「文化」と、2面の経済コラム「直言」と、広告の話。
1990年代、「知の技法」という本で有名になった小林康夫先生のコラム。「行為する知」を提唱し、様々な活動、研究、主張をされてきた哲学者、小林先生がこう語ります。
「現在、とりわけ昨年以降、ひときわ顕著になってきている変動は、目に見える仕方で押し寄せてくる災厄だけではなくて、目に見えず、それ故一見、われわれの日常を壊さないようなものとしてもやって来ている。すなわち、AIに代表される高度な情報テクノロジーによる世界の、そして人間のコントロールであり。大量のデータに裏打ちされたコンピュータ・システムがとうとう人間という存在の底を突き破り始めたようにわたしには感じられる。」
そんな時代に、何をすべきか。何を考えるべきか。膨大な情報を処理して整った文章が瞬時に作成されるような、そんな時代に。
先生は、「単なる瞬間的な呟き反応ではない、誰のものでもない自分自身の生の時間という大地に根付いて、そこから言語を通して行為すること、時間に耐えることを引き受けること。」と述べます。
僕はやはり、人間の「知」というものの重要さを、人類は今一度考えるべきだと思う。瞬時の反応や感覚ではない「知」。それは、読書や新聞を読むことなどによって培われる「知」。かつて、重要な意思表示や表現は、出版などの関門を潜り抜けたもの、オオヤケの「知」の査読に耐えた上でなされるものだった。それが、SNSの普及で、なんでもかんでも発信されるようになり、「知」のフィルターはどこかに消えてしまった、そんな気がするこの現代。
そんな時代には、ネットに流れる「ファクト」などといった軽い言葉ではなく、そこで何が起きているのか、何が大切なのかを「自分」でキチンと考える、自分の「知」を磨く、ということが大切なのではないか、などと思うのでした。
右の記事。現在喧しい消費減税の話。日経新聞は、一貫して、財源論も含めた徹底した議論の重要性を説いてます。本当に、そう。だから、僕らはそこで「単なる瞬間的な呟き反応」をしないことが大切。
上の「トンデモ本」の広告もそう。これ見て、「誰もが当たり前と思っているのと反対のことをいかにも衝撃の事実風に言うと、それに唆されて一定数反応してくれる人が出てくる」という、所謂「逆張り商法」であることには気付きたい。「パンと牛乳をやめて健康になった実証報告も!!」ときたもんだ。その「健康になった人」の数万倍、「パンと牛乳で健康になった人」が多いと思うけどね。こんなのに騙されない「自分の知」を磨きたい。
現代では、こういった情報がネット空間にも溢れやすい。なので、より一層、「単なる瞬間的な呟き反応ではない、誰のものでもない自分自身の生の時間という大地に根付いて、そこから言語を通して行為すること、時間に耐えることを引き受けること。」が大切な時代になっていると思います。
日曜の朝。日経日曜版を読みながら、長々と書いてしまいました。
さあ。今日は楽しい龍馬マラソン。みんな頑張ってねー。折り返し地点近くで、のったりまったり応援します!
