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地学と、歴史の必然〔5160〕2017/06/01

地学と、歴史の必然

2017年6月1日(木)は晴れ!

6月。梅雨入りは、まだ少し先。晴れて心地良い高知の朝。

ここはいつもの野市、上岡。向こうの山が上岡八幡宮が鎮座まします上岡山。八幡様からは南東に向かって参道が伸び、その延伸上に、戦争遺跡がありました。太平洋戦争末期、米軍機の爆撃で破壊された鳥居など。こんな感じで

しかしその戦争遺跡の真上に高速道路が建設されることになった。そのことが判明したのは、昨年の5月のこと。貴重な貴重な戦争遺跡が、道路工事によって取り壊されてしまうのだろうか、と不安になった。

しかし、工事が進む中で、その鳥居遺跡は移設されたのであります。こんな感じで。地元上岡の皆さんの努力に敬意を表します。

その、移設された鳥居遺跡が、正面の白いコンクリートの右横に見えてます。道路工事は、こんなにも進んできました。道路になるであろう場所の土盛りの上から撮影したのが、この写真。ここの風景が劇的に変化してゆく、その一瞬を切り取った写真。もう、2度と、このアングルで見ることは無いであろう、写真。

昨日もご紹介した地理院地図の色別標高図を見てみよう

写真の右手、集落がある場所は、この道路ができている場所よりも一段高くなった段丘上にあることが、わかります。更新世段丘。今から10万年以上前、地球が今よりも暖かくなった時期に海水面が上昇し、浅海底になった、土地。そこに、四国山地から古えの物部川が運んできた土砂が堆積して形成された、土地。

寒冷化が進む中で海水面が低下し、陸地となったその土地を、今度は物部川が開削していく。開削された土地は扇状地になる。開削されなかった土地は、更新世段丘として残り、今も、野市の台地や長岡台地として、残っている。

この色別標高図を見ると、そんな、物部川の開削でできた扇状地と、開削されなかった更新世段丘がはっきりくっきり確認できるのが、楽しい。楽しくありませんか?

同じ地理院地図の、土地条件図でみると、もっとはっきりわかります。こんな感じ。オレンジ色に塗られた土地が、更新世段丘。地盤が固く、水はけが、良い。

 

弥生時代、土佐に住み着いた人類が農耕を始めた際、地盤が固くて標高も高い、安全な段丘上には、住まなかった。農地にするには、水はけが良すぎる。しかも、かなり深く掘らねば、地下水が湧いて出ない。農地には不向きな土地でした。

一方、古物部川が段丘を開削してできた扇状地は、そこそこの標高があって津波や洪水にも強い上に、水の利用が簡単であった。そんな理想的な土地で、人々は稲作に励み、当時の四国としては最大級の集落、田村集落を形成していったのは、ご承知の通り。

水の便が良い、田園地帯。

それは、酪農業にも適していました。水田で、稲作の合間に牧草を育てる水田酪農も、盛んになった。弥生時代、南四国で一番の稲作集落ができた土地は、戦後、南四国で一番の酪農地帯となる必然性があったのかも知れません。

 

そこに、高知牛乳食品株式会社(現ひまわり乳業株式会社)が牛乳工場を建設することになったのも、そんな歴史の必然。昭和40年のこと。


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