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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

土佐国南海岸の地形に就て〔6270〕2020/06/15

土佐国南海岸の地形に就て

2020年6月15日(月)晴れ

今日は晴れ。暑い一日になる予報。

この写真を撮ったのは午前3時半。出勤途中、新青柳橋の上から撮影しました。この時刻、まだ、昨日の雨の名残で風景は濡れています。湿度は高く、靄に霞む風景。

左端は、停泊中の土佐海援丸。高知海洋高校の実習船「土佐海援丸」。浦戸湾の向こうに、太平洋セメントさんの灯りと、南嶺。東西に連なる300m級の連山、南嶺。

 

一昨日、昨日と、高知大学名誉教授であられた鈴木堯士先生の本、ご紹介してます。その中で「寺田寅彦の宇宙観」という本がネットで見当たらんと書いたけど、そりゃあそうだ。間違えてました。正しくは「寺田寅彦の地球観」。宇宙と地球では大違い。また、ウソついてしまった。申し訳ございません。寺田寅彦は宇宙物理学者ではなくて、地球物理学者でした。それでも、なかなか貴重な本であることは間違いないです。ご購入はお早めに。

 

で、その「寺田寅彦の地球観」を改めて眺めてみたけど、面白い。最初に読んだ当時はチンプンカンプンだったことが、時を経て、ちょっとはわかるようになってました。例えば土佐南海岸の地形。

鈴木先生は、寺田寅彦の論文の中でもっとも心を動かされたものの一つが「土佐国南海岸の地形に就て」という1928年に書かれた論文だと言います。

そこには、高知の、中央部が沈降して東西の室戸、足摺が隆起している事実を初めて明らかにし、その理由の考察まで行っているそう。

 

この写真。向こうに見える南嶺。こうやって地形図で見るとわかるけど、あの連山は、吉良ヶ峰から柏尾山、烏帽子山、鷲尾山、宇津野山と連なってます。そして孕半島で、浦戸湾。

海を渡ると、どう言うわけか、仁井田ー十津の連山は、南へ500mほどズレているのに気付いたのも、寺田寅彦先生。しかも浦戸湾の東側の連山は標高が150mくらい。西側より100m〜150m低い。

これが何を意味してるか。東側の地塊が、南へ500mほど、1/5から2/5の勾配で滑り落ちていることを意味していると考えたんですね、我らが寅彦先生は。さすが、としか言いようがない。

 

「即ち四国東部高峯地域のシアル(地殻上部)の深い根が南に押されて其為に室戸岬方面が上がり、其の擾乱の為に中央部に箕形の辷落を起したと考えれば一応の説明はつくのである。」

 

そして、ここを中心として、東と西がポキリと折れるような沈降をみせ、その沈降が浦戸湾をつくり、その浦戸湾が高知の城下を太平洋とつなぐことになった、という、僕がタモリさんに話した内容のルーツは、ここにあったのでした。そうそう。思い出した思い出した。

 

寺田寅彦に「怪異考」という、これまた有名な文章があります。これ。ここには、上に書いたような地質的構造と「孕のジャン」と地元で呼ばれてきた怪異減少を結びつけた、ちょっとした科学的考察が行われてます。寅彦さんらしい考察。

ただ、「孕のジャン」は、めったにない現象なので、今だに原因は特定されてません。こないだ、土佐湾を震源とする地震があって、高知市内でも震度3を記録しました。このにっこりに時折登場する潮江のKさんは、あの地震の直前に「ドーン」という音を聞いたそうです。ひょっとしたら「孕のジャン」だったのか?

違うかも知れません。

 

朝3時半の浦戸湾は、そんな寺田寅彦先生や鈴木堯士先生の思いに包まれて、静かにたたずんでおりました。


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