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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

武市半平太の切腹とひろめ市場〔2603〕2010/06/01

武市半平太の切腹とひろめ市場

2010年6月1日(火)晴れたり曇ったり

今朝は、雨に濡れた街。朝日が、濡れた街を輝かせよります。

ここは帯屋町の西端。高知城の丸の内緑地南東角から数十メートル東へ来た所で、東方向を撮影してみました。ですきに、お城からはしゅっと。この右手は四国銀行帯屋町支店さんで、その場所に、藩政期後期、土佐藩の南会所が置かれました。そこには牢獄も併設され、藩にとって重要な容疑者はここの牢獄に入れられました。こないだご紹介した山田橋の牢獄に入れられ、切腹させられたがが平井収二郎さんで、藩にとってもっと重要なる人物、武市半平太さんは、ここ南会所の牢獄に入れられ、ここで切腹させられたのでありました。

龍馬伝では、牢に入れられた半平太さんを責め立てる後藤象二郎さんが出てきます。そんなことがあったかどうかはともかく、後藤象二郎さんの家は、その向こう、アーケードの手前を右折して南下、電車通りを渡り、まっすぐ行った鏡川の手前の左手にありました。ちっかいもんです。

そのアーケードを向こうへ、つまり東へ、アーケード1つ分抜けた場所が、吉田東洋さんが暗殺された場所。東洋さんの家はその数十メートル向こう。半平太さん、吉田東洋暗殺現場のしゅっと近くで、吉田東洋暗殺容疑で取り調べを受けよった訳です。

因みにまだ龍馬伝には登場しませんが、板垣退助さんの家は、後藤象二郎さんちへ行く途中の左手にありました。吉田さん、板垣さん、後藤さんは上士ですきに、このお城の近くにかたまっちゅう訳です。

龍馬伝での山内容堂さんは、ちくと極悪非道に描かれすぎちょりますが、幕末の日本にあって、かなり優秀なお殿様やったことは間違いありません。その山内家の家老を代々つとめたのが深尾家で、幕末の頃は、この左手にその深尾家の深尾弘人(ふかおひろめ)さんの広大な屋敷がありました。その跡地は、バブルの頃まで、せんばい路地が縦横に走るごちゃごちゃしたエリアで、高知のヒトはその界隈を「ひろめ屋敷」と呼びよりました。バブル当時、ここに大きなシティホテルをつくるとかで大規模な地上げが行われ、その途中でバブル崩壊、途中まで更地になった土地を残して計画は頓挫してしまいました。そこを遊ばしちょくがももったいないということで、期間限定で、地元のヒトたちが集まって始めたがが「ひろめ市場」。何度かご紹介しちゅう、飲食物販混沌の不思議なゾーン、アジアの雰囲気満点の観光客人気沸騰ゾーン、地元のおんちゃんが朝からビールを飲む横で女子高生が勉強しゆうという「ひろめ市場」は、その後人気がでて、期間限定が解除され、今もっとも高知らしいゾーンとして人気スポットになっちょります。

武市先生は、その向かいで取り調べを受け、切腹させられた訳ですね。


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