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馬場孤蝶さんと島崎藤村さんの友情〔2944〕2011/05/08

馬場孤蝶さんと島崎藤村さんの友情

2011年5月8日(日)暑い!

今日は日曜日。こじゃんと暑い日曜日になりました。鏡川沿いをたつくてみましたが、暑うて暑うて。心地良い汗をびっしょりとかきました。
ここは天神大橋北詰から西へいった所。柳原、今では緑の広場と呼ぶ川縁の広場から、土手を越える道。鏡川と、その向こうに筆山が見えよります。ここ柳原には、ひまわり太郎が子供の頃、よくサーカスがやって来ましたし、対岸には高知唯一の遊園地「こどもの国」がありました。
この左手の建物は、今は県内大手の美容院さん。この場所に、明治26年頃には、馬場孤蝶さんの家があったがです。高知出身にしては珍しいロマン派の文学者、馬場孤蝶さん。ご存知、自由民権運動の論客馬場辰猪さんの弟。東京の明治学院に通いゆう時、かの島崎藤村さんと同級生になり、仲良くなりました。島崎藤村さんの馬場孤蝶評は「直載に言ってくれるものはこの友達の外にない」「さかんな気象の青年」「悲歌の士」「かりそめにも曲がったことのきらいな」という感じ。流石に、馬場辰猪さんの弟。明治学院卒業後、高知へモンて来て、現在と差女子高校のある場所にあった高知共立学校で教鞭をとりよりました。その時代、ここに住みよった訳です。そして明治26年2月。神戸から船に乗って、仲良しの同級生、島崎藤村さんが高知へやって来たがです。ここにあった家で交歓したがが運命の転機。藤村さんの活動に触発された馬場孤蝶さん、教職を辞めて上京することを決意、文学者としての志をたてていくこととなったのでありました。
それからは、樋口一葉さんや与謝野晶子さんたちとの交流、海外文芸思潮の紹介、トルストイの翻訳、慶応義塾での教鞭など、多彩な活躍をしたがはご承知の通り。
高知へ帰って来たがは30年後。それまで一度も帰らず、東京をベースに活躍しましたが、高知の皆さんとの交流は濃かったようです。高知へモンて来た大正11年7月29日から9月15日までの間に泊まった宿は、こっから東へ行った、潮江橋北詰のちょっと西。やっぱし、鏡川沿いが好きやったがでしょうか。この西、山内神社東の公園内に、歌碑があります。やはり鏡川沿い。まだ、明治学院の学生やった頃、島崎藤村の部屋へ行って文学や人生について語り合い、夜、自分の部屋に帰ってふと外に出てみたら、空に美しい月が。その模様を、日記に、「一輪ノ皎月 中天ニ 輝クヲ見タリ」と書きました。それを、本人の字体そのままに歌碑に刻んじゅうがです。
馬場孤蝶さんの歌碑は、もうひとつ、城西公園の西にもあります。大正11年、高知へモンて来る船から見た風景でしょうか。
鯨去る 行方を灘の 霞かな


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