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工石山、妙体岩の謎〔3233〕2012/02/21

工石山、妙体岩の謎

2012年2月21日(火)薄曇り

今朝も、高知空港の滑走路の近くから山を眺めてみました。昨日ご紹介した遠くの山々は、山容から言うて、どうやら梶ヶ森ぢゃあないようです。タベシマさんからご指摘を頂きました。四国山中、なかなか雪深い山も多いようです。

さて、この写真、遠くに聳える山は工石山。最近では2月5日に凍りついた賽の河原をご紹介しちょりますし、12月18日には頂上から浦戸湾方面を眺めちょります。標高1176mで、香長平野からよく見える美しい山。
ただ、北山は、あのような形をした山が連山になって並んじゅうので、海から見ると、どれが工石山か、ちょっと判断に迷うてしまいます。で、迷わんための目印が妙体岩。

あの工石山のてっぺんの真下に、ちょっと白うなっちゅう部分が見えますでしょうか。今日のように霞んだお天気でも見えますきに、空気の澄んだ日にはハッキリくっきりみえます。その白い部分が巨岩「妙体岩」。山内一豊さんが関ヶ原の後で土佐に入国する際、舟で浦戸湾へ入って来るがの目印にしたという伝説がある岩。

こないだうち登った際にも、あの岩の所を通りました。海から入ってくる目印、と言われても、現地ではマサカと思うたがですけんど、こうやって眺めるとハッキリした目印であることがようわかります。
GPSとか無い時代、漁師さんや釣り人は、船の位置、漁場の位置、港の位置とかを見るのに「山を立て」て確定しよりました。山の姿、いくつかのポイントを結ぶ線などで位置を見る訳ですね。そんなことを考えると、白いポッチが目印になる工石山は、船から見た便利な目印やったとしてもおかしゅうございません。なるほど。

あの妙体岩の下には権現様が祀られ、山内家の尊崇篤かったということ。よほど、この岩のことが嬉しかったがでしょうか。

と、ここまで考えて来て、あれ?おかしい。
関ヶ原の勲功で、山内一豊さんが土佐一国を与えられました。で、まずは弟の山内康豊さんとか井伊直政さんの家臣とかが先乗りでやって来て、殿様の入国に備えます。そして、長宗我部の本拠、浦戸城を接収し、とりあえずそこに入城させることにしたのでありました。

慶長6年(1601年)1月2日、一豊さんは大坂から甲浦に船でやって来て上陸、そこまで船で迎えにきた弟の康豊さんと合流、「陸路」、浦戸城へ向こうた、と記録されちょります。そう。陸路。おかしいでしょ?
「船で入国する際に目印にした」というのはどうやら違います。が、海運の目印になっちょったことは間違いないでしょう。

1月8日に浦戸城に到着した一豊さん、到着するやいなや、「近海巡視シ吸江ニ抵リテ帰ル」と、五台山の麓の吸江まで船で行き来しちょります。そのとき、あの妙体岩を見たがかも知れません。

真相やいかに。


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