15年〔8365〕2026/03/11
2026年3月11日(水)晴れ
あれから15年。
ひとつの節目、ということでしょうか、この15年を振り返る特集がいろんなメディアで組まれています。あらためて大震災4ヶ月後に南相馬にお邪魔した際のにっこりを読んでみて、感じました。復興したこと、しなかったこと。変わったこと、変わらなかったこと。
5年前、つまり大震災10年目には、このにっこりでどんなこと書いてるのか見てみました。なるほど。このにっこりひまわりで、大震災後、どんなこと書いてきたのかを少しまとめています。毎年の3月11日のことも含めて。10年経ち、人口流出が止まらない話などを書いてるけど、それから更に5年経ってどうなったでしょうか。
今朝もまた、15年前のあの朝と同じ場所にやって来ました。高須の田んぼ。15年前と同じように、そして5年前と同じように、田んぼでは田植えの準備が始まっています。
あんな大災害が発生するとは思いもよらず、平和な春を楽しんでいた15年前の朝。15年前と、この田んぼの風景は変わってないけど、世の中は随分と変わりました。本当に、あの頃想像もしてなかったような世の中が、今、動いています。
大震災が起きた日、時間が解決すると思っていたことも多かった。しかし、原発のことを始めとして、15年経っても時間が解決できていないことがこんなに多いとは、想像してませんでした。
この地球がこんなにも感染症パンデミックに陥りやすい星だとも想像してませんでした。
そして15年後の地球が、こんなにも紛争だらけの危険な星になっていることも、もちろん想像できていなかった。
AIという概念もなくて、「ターミネーター」は空想上のあり得ないSF娯楽映画だと思っていた15年前。
15年経ち、あの大震災を教訓にして防災のことなどを考え、準備するようになりました。が、まだまだ足りない。人類の知恵は、大自然と共存していける安心な社会を構築する為に使いたい。防災技術や防災体制の構築こそ、AIに考えてもらったら良いと思う。
15年経ち、あの大震災を乗り越えた人類は、もっともっと賢くなってなければいけなかったと思う。そんなことを思う、15年目の朝。
3月11日朝の田んぼ。
こんな風景がいつまでも続きますように。
