1本からお届けします!お電話でのご注文・お問い合わせ

フリーダイヤル:0120-77-6245

今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

新土佐街道、立川番所〔331〕2004/03/12

新土佐街道、立川番所

2004年3月12日(金)雨

今日は雨。あたたかい雨が降ってます。

昨日、香川へ出張で行っちょったもんですから、今朝早く車で高知へ戻ってきました。高知自動車道を戻って来ると、曇り空に黄砂がうっすらと立ちこめ、不思議な景色になっちょりました。

片側一車線の高知自動車道は、四国山脈をぶち抜いて建設されちょります。従いまして、トンネルばかりでございます。高知県と愛媛県の県境には「笹ヶ峰トンネル」という四国で一番長いトンネルが横たわっちょります。

このトンネルの高知県側は、長岡郡大豊町。丁度、この高速道路のルートに沿って、古代から、土佐から都へとつながる道が開けちょりました。平安時代に官道として開かれ、土佐国側に「丹治川(たぢかわ)駅」、伊予国側に「山背(やましろ)駅」が設けられたと、日本後紀に書かれちゅうそうです。

江戸時代、参勤交代のルートは、最初は船を使った海路でした。6代目藩主山内豊隆公のときに陸路が利用されるようになり、「高知城下」→「南国市領石」→「本山町」→「立川」→「笹ヶ峰」→「馬立」→「川之江」というルートが確立されました。この「立川」が、日本後紀に書かれた「丹治川(たぢかわ)駅」。ですので、いまでの「立川」と書いて「たじかわ」と読みます。ここには大きな番所が置かれ、今でのその建物が残されちょります。

往時は、土佐と他国を結ぶ主要幹線ルートとして栄え、「土佐街道」とも呼ばれた道ですが、明治になって国道33号線のルートが出来、国鉄がそのルートに沿って完成すると、土佐街道は次第に忘れられていきました。

そして時は流れ、平成3年になり、高知自動車道が、この土佐街道に沿って作られ、「新土佐街道」として蘇ったのであります。

この立川番所があるところの近くに「立川パーキングエリア」が設けられちょります。写真は、その立川P.A.の風景。向こうに見える記念碑が、「新土佐街道」として復活したこのルートを讃える碑です。


←前日の日記2004年03月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

日記検索

年月別過去ログ

年のクリックで月を表示・非表示します。月をクリックすると記事一覧を表示します。

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サイトマップ

facebook  instagram  x