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安政地震後のお正月の様子〔3311〕2012/05/09

安政地震後のお正月の様子

2012年5月9日(水)曇っちょります

連休が明けてから、妙に曇った天気が続きます。曇っちゅう上に、霞んじょります。黄砂でも靄でもないそうで、なかなか珍しい現象らしいですね、こりゃ。
最近、会社の事務所裏にこんなものが自生しちょります。ヘビイチゴでしょうか。野いちごみたいにツヤツヤしちょりませいで、そんなに美味しそうではありませんが、なかなか可愛らしいイチゴ。昨年まではなかったような気がしますきに、今年、どっかから種が混じってきて根を張り始めたがかも知れません。

さて、間もなく、あの大震災から14ヶ月が経過しょうとしよります。明後日5月11日で14ヶ月。被災地の状況はどんなになってきているでしょうか。
安政南海地震の場合、14ヶ月後は、安政3年正月。震災から二度目のお正月を迎えたところ。いつものように、宇佐、真覚寺住職静照さんの、震災後を克明に記した日記から、当時の様子を見てみます。いつものように現代土佐弁に読み下してみますね。

安政3年元旦
晴れ 年があらたまり、例のごとく108の鐘を打ち、本堂で読経、ご本尊にしみじみと御礼をしちょいて、しゅっと墓参りをした。雑煮とお屠蘇酒で、年を越したと実感。
暮れには、ツケの集金に追い回されたことを想い出したらまっこと恐ろしく、今年は何とか貧乏神にでがまれんようにしたいもんぢゃと思いながら
ようようと 貧乏神を追い出して またこぬようとふせぐ此の春
今日は一年の最初の日。まだ、のんびりしよって大丈夫、と思う心を自ら戒めて
めでたしと いう間もまたず 春の日の 実(げ)に足早に 辰の元日
朝、大風が吹いたが、昼前から穏やかな日和になった。夜11時頃小揺れ

この時期の日記にも、まだまだ毎日余震の記録があります。が、以前に比べると、ちょっとづつではありますが、減ってきゆうこともわかります。
ここで、この一年前、震災から2ヶ月経ってない安政2年元旦の日記がどんなになっちょったがか気になるので見てみました。

安政2年元旦
朝、例の通り半鐘を打ち、本堂で勤行した。ご本尊は箱のまま壇上に据え奉った。それから墓参りをし、法衣を脱いで雑煮を食べた。大震災のさなかではあるが、味は去年とまったく変わらず、うまいうまい。
さあ、これで又ひとつ年を貰うたぞ、と笑う。お昼前、去年中の垢を落とそうと、風呂を沸かして入った。お湯につかりゆう間にも2〜3度揺れた。丁度、親の病気の枕元で婚礼の盃をするような心持ちである。
さて、余震の様子は、全体的に去年とは違い、地築き、石築きするようなヅンヅンという大きな地鳴りがして、それから揺れる。あまりに長い期間余震がつづきもんぢゃき、地震殿も揺れの流儀を変えて、ヒトをビックリさそうとしゆうにかあらん。
中略
今日の余震の回数はよう数えんかったけんど、大晦日と同じような感じ。夜になっても間断なく揺れつづけた。毎晩、病人の看病をするように余震につきあう訳にもいかんので、今夜は蒲団をひっかぶって、家が崩れたら崩れ次第、死ぬのであれば死に次第、と開き直って一同寝た。明け方までに、中の大とも言える余震が3度あったが首も上げんと寝続けた。今日は朝から夜まで風が吹いてやまんかった。天気は極上の晴天。

やはり、震災直後のお正月はだいぶ様子が違います。1年経過して、かなりの落ち着きを見せてきたことも推察できます。

この住職の静照さん、なかなか興味深いお坊さん。貧乏神を追い出そうとしたりするお坊さん。文章もヒトを引きつけるものがあります。日記を読むと、毎年、年の暮れには貧乏神に苦労しゆう静照さん。

この日記には、震災の正確な状況や、震災後、復興に向かう庶民の様子が平易な文章でていねいに描かれちょります。防災を考える皆さんには、一度読んでおいてもらいたい貴重な日記。


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