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海軍高知航空隊通信所入り口の柵〔3803〕2013/09/13

海軍高知航空隊通信所入り口の柵

2013年9月13日(金)晴れ!

昨夜はちくと蒸せました。今日も暑い一日になりそうな日差しです。8月のような炎暑ではないですが、しゅっと秋、という訳には参らん高知県。

ここは高知大学農学部。農学部敷地の北端近く。海洋コア研究センターの東側の空き地。この周辺、駐車場などを整備する工事が始まりました。
こないだご紹介しましたが、丁度この辺りの地下に、戦争中海軍が構築した通信施設の壕が残されちょります。なかなか広い壕が、往時の面影そんまんまに残されちゅうそうです。
高知空港と高知大学農学部、それに高知高専の敷地は、戦時中、海軍の基地として接収された土地。海軍飛行場が、戦後、高知空港になったがはご承知の通り。

昨日、岡山大学構内の、第17師団本部建物をご紹介しましたが、高知大学には、そんな、生々しい戦争遺跡が残ります。とは言え、整備公開されちゅう訳ではなく、地下に、通常は入れん状態でそのまま眠っちょります。
大学の駐車場整備工事で、その遺構がどうなるのか注目されちょります。今朝、行ってみたら、数カ所ある壕への入り口部分に、このような柵がしつらえられちょりました。穴へ入り込んだら危険、ということながでしょうか。
地下の遺構を毀損しないように、工事の設計変更をする、という話は、新聞に載っちょりました。さて。高知大学さんのことですき、キチンと処してくれるとは思います。
願わくば、ここにどんな戦争があったのか、この基地で訓練した若者達が、どんな運命になったのか、あの時点で終戦になってなかったら、日本はどうしようとしていたのか、といった正確な話を、後世に伝えて行けるような、そんな戦争史蹟に整備してもらいたいと強く願います。

このにっこりひまわりでは何度も書きましたが、ここにあった海軍高知航空隊に於いて練習機白菊で訓練した若い兵士が、たくさん、南の海への特攻兵士として帰ることのない特攻へと飛び立った、そんな歴史は、高知の人々は、あまり知らないようです。

もうひとつ。
この南、現在の空港滑走路の辺りにあった「命山」のこと。これも何度か書いたので、繰り返しませんが、秦史談会の松本大先輩が、以前秦史談に寄稿された「命山異聞」という文章をコピーして送って下さいました。書かれたのは、秦史談会会員の小松様。
その文章の中から、少し抜粋。

・・・
この山について地元南国市久枝の中村寅八さんは、次のような文章を書いておられます。
「この山に登れば七ヶ部洛は真下の様に見え、随分眺めが良かった。頂上の岩石に腰をかけ、弁当を喰ったことは度々であった。やがてこの山の中腹に穴をあけ、ダイナマイトを詰め爆破する事になった。私はその瞬間を我が家の近くから眺めていた。この大きな山が地響と共にふくれ上り、大きな岩がなだれこんだ。これが地域の人々が愛する命山の最後であった。」
・・・

南国市日章界隈に残る、大切な歴史。


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