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大阪城、雁木坂、台地の先っぽ、南の弱点〔4082〕2014/06/19

大阪城、雁木坂、台地の先っぽ、南の弱点

2014年6月19日(木)晴れてまんがな

今朝の大阪は晴れ。暑いくらいの日差しが照りつけ、朝から汗ばむ陽気。
昨夜、予定通り名古屋でお客様と名古屋名物の手羽先やら味噌カツやらを頂きまして、夜中に大阪のホテルにたどり着きました。で、今朝は5時起床、汗ばむ陽気の大阪の朝を堪能して参りました。大阪城RUN。

泊まっちょったのは中之島の西の方でした。ので、中之島を東へ、朝日に向こうて走ります。そしてトン先で橋を渡って八軒家。
「川の駅」という、川沿いの立派な施設ができちゅう八軒家。昔から、淀川を利用した交通の要。昔から、京の方から舟で下ってきて八軒家で上陸し、熊野詣でなどに進むルートがありました。江戸時代は、もちろん、伏見と八軒家の間にたくさんの客船が行き来して賑わいよりました。以前にもご紹介しましたが、森の石松が次郎長親分の代参で金比羅参りに出掛け、その帰りがけに八軒家から伏見まで舟に乗りました。ご存知三十石舟。酒飲みねえ寿司食いねえ、のくだりですな。広沢虎造の名口調が、思わず口からこぼれ出てしまいますね。八軒家を通ると、いつも、その台詞を思い出します。小生、ソラで言えます。

さて。今日はそこから大阪城の西側の上町筋をお堀沿いに南下、一周してきました。

早朝から、ホントに多くの善男善女が歩いたり走ったり。大阪市民の憩いの場。
で、走りゆうヒト、割合にのったりまったりランナーが多いのが特徴。東京の、皇居の周回RUNをしゆう人たちには、かなりビュンビュン系、本格系が多いのでありますが、ここ大阪城周回ランナーは、もっとのんびりしちょります。なので、小生ものったりまったり風景を楽しみながらののんびり
RUN。エイですな、こりゃ。

で、大阪城と言えば、やはり地形が楽しみ。
何度も書きゆうように、南から北へ伸びる上町台地の北端にあるのが大阪城。石山本願寺がここに築かれ、その後、大阪城になる訳ですが、台地の先端で、非常に防御性に優れた地形であると思われます。太古の昔、今の大阪の市街地がすべて海であった時代、古大阪湾に南から北に突きだしちょった半島が、上町台地。
台地の上にはお寺などの重要施設が並び、台地の下の低湿地帯には歓楽街。この構図は、日本の都市づくりの基本形で、走って地形を体感してみると、ホントによく実感できるのでありますね。

写真は、大阪城の東側。左手の下が内堀。この、向こうへ下る急坂が雁木坂で、江戸時代は石段(雁木)であったので雁木坂。大阪城周回RUNの、ちょっとしたアクセントになっちゅう坂。
左端に大阪城天守閣。内堀から高く堅固な石垣が聳え立ちますが、この坂道が、ここが台地の先っぽであることを証明してくれます。

台地の先っぽで、広いお堀と高層堅固な石垣。難攻不落の大阪城が、徳川軍によって陥落した大坂の陣。今年は、大坂冬の陣から丁度400年。来年が夏の陣から400年。で、再来年の大河ドラマが真田丸。真田幸村を演じるのが堺雅人に決まったそうですね〜。なるほど。
上に書いたように、南から北に伸びた台地の北端に大阪城。なので、北も東も西も高い石垣と堀で堅牢。唯一の弱点が南側。台地の稜線に沿って、南から攻め上がってこられたら、脆い。で、その南側を防御すべく真田幸村が築いたのが真田丸、という訳ですな。

400年前。冬の陣で築かれた真田丸。その支援を担ったのが、長宗我部盛親さん。豊臣方の最大勢力でもあった盛親さんですが、大坂の陣では真田幸村などほど目立っちょりませんね。地味ですが、仕事はしちょります。

そんな400年前の舞台を、地形を確認しながら探索してみると、歴史の真実や武将の思いが見えてきます。ホントです。


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