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69年前の痕跡〔4098〕2014/07/05

69年前の痕跡

2014年7月5日(土)晴れ!

昨日は、お昼過ぎの新幹線に乗り、特急南風に乗り継いで帰ってきました。高知へモンて来ましたら、雨もあがって蒸し暑い夜。今朝も晴れちょります。

昨日は7月4日でした。
アメリカ人にとって7月4日は特別な日。1776年7月4日に、独立宣言が行われた、独立記念日やきですね。しかし、高知県人にとって7月4日は高知大空襲の日。昭和20年7月4日、太平洋戦争中で一番激しい空襲が行われた日。高知の街は焼け野原になり、多くの尊い人命が失われました。

最近思うこと。それは、ネット社会になり、偏った情報、自分の見たいと思う情報だけをホントに信じ、それが正しい歴史認識だと思い込んでしまうヒトが多い事。もっと、キチンと、真摯に、歴史を勉強しましょう。歴史愛好家としては、忸怩たる思いがあります。
日本が国際社会から孤立し、泥沼の日中戦争から太平洋戦争へと突き進んだのは、軍部が暴走したのでもなんでもなく、危機感を煽る軍部、威勢の良いことを書けば売れる新聞社、そしてホントのことを知らずに政府を軟弱と罵りながら戦争への後押しをした世論によります。

そんな意味で、昨日の高知新聞が、昭和20年7月8日の記事、大空襲なんか何でも無い、これが勝利へのきっかけだ、焼かれてこそ勝つ自信、みたいな提灯記事を、反省を込めて掲載しちょったのには感心しました。
しかし酷かったのは当時の大新聞。今も大新聞である、各社は、あの戦争に対しての責任論で言えば一番重い責任があったかも知れない。でき得るならば、戦前の大衆を煽りまくってかかれた記事を、特集として掲載して欲しいところですね。反省も込めて。戦争に突き進んだ時代背景を、今の人々が勉強するためにも。その高知新聞を読んで、そんなことを思いました。

ここはいつもの野市、上岡八幡宮さん。上岡山の南側の、西参道。かつて、物部川に渡しがあり、物部川西岸の氏子さんたちが参拝するのに使いよった参道。橋が架かって渡し船はなくなり、いつしか、このような夏草生い茂る参道になりました。
そして、ここが参道であったことを偲ばせるオブジェ。

何度も書いてきましたが、現在の高知空港のところに海軍高知航空隊の基地がありました。なので、この界隈は米軍の攻撃対象。太平洋からやってきた米軍機の空襲や爆撃が頻繁に行われました。
写真右端と左端に、向かい合うように狛犬。左手の狛犬は、顔の部分が削げています。
狛犬の内側に柱のようなオブジェ。これは、鳥居の脚。ここに鳥居があったという痕跡。何故か、参道も真ん中にも、鳥居の脚のようなものがひとつ。完全に破壊され、脚の部分だけが残る鳥居。
これらすべては、米軍機の爆撃によるものと思われます。今の季節になると、夏草が生い茂り、埋もれてしまうような痕跡。
南東側の表参道の鳥居も破壊された痕跡がありますが、そちらは修理されちょります。使われんなった西参道の、この戦争の痕跡は、69年前そのままの姿でここに残ります。

夏草や兵どもが夢の跡


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