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Tax Haven 、後免〔4102〕2014/07/09

Tax Haven 、後免

2014年7月9日(水)小雨

まだ静かな高知県地方。小雨が時折降るくらい。
今朝、いつもの野市、上岡八幡宮さん境内で、蝉の声を聞きました。ひょっとしたらこの夏初めて。台風がいってしまうと、夏本番は近いのかも知れません。季節はどんどんと過ぎ去ってゆきます。

ここは後免。南国市後免町。後免の商店街の、末次金物センターさんのところを北へしゅっと。物部川、山田堰から引かれた舟入川が、ここで分岐しちょります。向かって右手が本流。こっから西流して、大津方面へと向かいます。左手は、後免の商店街を突っ切って南流しちょります。
この、野中兼山先生が開削した用水に沿い、後免の街が発展したのはご承知の通り。以前、何度かご紹介もしてきました。

特権の街、後免。

こないだも書きましたが、江戸時代の行政は、実に巧く民間の力を活用しちょります。鏡川北岸に所得税免除で豆腐製造専売権を与えた人々を住まわせ、土手のメンテナンスに関わらせたり、新しく建設した高知の城下町に、専売や税金の特権を与えるという方法で商売人を集め、都市を形成したり。
今の我々が想像する以上に、土木プランナーとしても都市計画プランナーとしても、知識と技術と見識を兼ね備えちょったと言わざるを得ません。特に、見識という点では、今の行政よりもずっと優れちょったのではないかと思わされるところがあります。
関ヶ原の後、各地に封ぜられた大名には、そんな都市プランナーにして治水技術者が少なくありませんでした。

もちろん土佐の山内一豊もその一人。治水水防の専門家で、土木技術者集団を抱えます。
こないだご紹介した、松江の堀尾吉晴も同じような経歴と技術、プランナーとしての才能を持っちょりました。
戦国期の戦は、秀吉の様々な作戦からも伺えるように、工兵隊の役割が極めて重要。そんな時代に土木技術が飛躍的に向上したのは、自然の成り行き。藩政期の日本は、世界的に見ても、非常に進んだ土木国家であったのかも知れません。

話は後免。
山内氏の世が落ち着いてきた頃、二代藩主忠義公の引き立てで野中兼山が現れ、藩内各所で強烈なインフラ整備を行い、土佐藩産業振興の基礎を創りあげていきました。
この舟入川もその一つ。
この川のお陰で、香長平野の広大な田畠が開発されたのはもちろん、物資の輸送が活発になって経済が活性化したのはご承知の通り。

そして、その舟入川の中間点辺りの静かな農村稲吉村に注目したのであります。ここに都市をつくろう。舟入川による水運の利に恵まれ、豊かな香長平野の真ん中にある、稲吉村に。
都市を創るのに、商人を集めんといけません。ここでも、他と同じ手法を使いました。ここ、舟入川沿いの新しい都市に出てくる商人には、一人当たり150坪くらいの屋敷地が与えられました。しかも無税。そして諸役御免。売買に税金がかからない。Tax Haven。こりゃあ栄えん訳がない。
と、言う訳で、諸役御免の町は後免町となり、栄えた、という、以前にも書いた話の繰り返し。

大胆な都市計画や土木プランを構築するに際し、税金免除や特権付与を上手に使いながら進めていった江戸時代。
政府や地方自治体が今よりもずっとずっと小さかった時代、公共工事は、民間の力を活用せんといかんかった時代。税金、特権を活用する。これは、ひょっとしたら巧いやり方かも知れません、今でも、企業誘致などで使われる手法。これを、もっとダイナミックに駆使し、新しい国土を創り上げていったのが、江戸時代前期でありました。


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