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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

よさこいの起源、仁太夫さんもビックリ〔4501〕2015/08/12

よさこいの起源、仁太夫さんもビックリ

2015年8月12日(水)薄曇り

写真は、今朝4時半頃の追手筋。そう。よさこい祭りの本祭が、一昨日昨日と開催され、それから一夜明けた追手筋。平日ではありますが、よさこい明けの朝というのは、いつもながらに街も賑やか。踊り終わった踊り子さんたちが打ち上げの夜を過ごし、朝になってもまだまだやっておる、という風景。高知の夏は、よさこいでピークを迎えます。

今朝、気付いたこと。よさこいの衣装を着たまま飲みに出ちゅう若者が少ない。皆、私服に着替えて騒いでおりました。踊り終え、シャワーを浴びて私服に着替えて街へ出るのが最近のトレンドなのかも知れません。変遷するよさこいの風景。

ところで。
今日はよさこいの成り立ちについて。
そもそも、よさこい祭りが始まったのは昭和29年。商工会議所が、阿波踊りの直前の時期に、阿波踊りのようなお祭りで観光客を集客しよう、と始めたもの。ウィキを見ると、武政英作さんが楽曲の自由なアレンジを許したので、様々なバリエーションが現れ、現在の活況を見ることになったみたいなことが書かれちょります。これは、正確ではない。

この辺の事情、以前にも書きました。
そもそも、音曲は統一で、同じ音楽に同じような振り付け。振り付けには、バリエーションもありましたが、着本的に同じようなものでした。
例えば追手筋の本部競演場では、地方車が音を出さず、本部が鳴らす音楽に合わせて踊り子さんたちが会場に踊りながら入ってきて、踊って出てゆく、というスタイルでした。

よさこいも、そんなに人気がある訳ではなく、商店街のチームなどは、お金を出して踊り子さんを雇うたりしておった時代。小生も、小学校低学年で、大橋通りチームで踊っちょります。

昭和40年代のある年、「青果の堀田」というチームが、トラックの上に生バンドを乗せ、よさこいとは似ても似つかんロックの音楽を演奏しながら踊る、というスタイルで登場。皆、あっぽろけ。そんなこと想定してなかったので、規制がない、キマリがない。
追手筋本部会場では、本部が流す音楽を無視して、生演奏の地方車が突っ込んできて音楽を演奏、踊るという状況で大混乱。

この風景に、若者たちが敏感に反応し、翌年、翌々年と、様々なバリエーションのチームが増えていった。当局は規制しようとするも、その勢いを抑えられず、あっという間にすごい状況になった、それがよさこい。
これが他の県だと、当局が上手に規制したことでしょう。その辺が高知のいい加減さ、アバウトさ、おおらかさ。おかげで、このようなお祭りになった、ということを、今一度我々も認識しちょかんといかんのではないでしょうかね。

ところで、我が敬愛する自由民権運動研究家の公文豪さんが、Faebookに、こじゃんと興味深い話を書いております。
それこそ、よさこい節の起源。

このにっこりでも、幕末にはよさこい節というものが土佐で流行しておった、という話を書いてきました。そのよさこい節のそもそも。

江戸時代。
浅草菊屋橋裏に仁太夫という乞食頭が居たそうです。その配下に、軒に立って一文を請う「カブリ乞食」という連中がおりました。で、いわゆる「滑稽の遊戯」を繰り広げ、それでお金を乞うれおった訳だ。その「滑稽の遊戯」の中から、江戸の市中で流行する俗謡がたくさん生まれたとか。
「棒つくし」「れんれんぶし」「猫じゃ猫じゃ」「しんどいしんどい」「したこた内証内証」「こちゃかまやせん」などなど。
この話の出典は、明治25年〜26年に朝野新聞に連載された「徳川制度」という文章だそうで、その中の、こういった俗謡を紹介する中に、「よさこいよさこいの如き、さして賞するにたらざれど」という記述が出てくるそうな。つまり、仁太夫配下の乞食が流行させた俗謡の一つであったと。

そして。
昨日、曽根崎で近松門左衛門の話が出ましたが、その近松門左衛門、曽根崎心中で大ヒットを飛ばした4年後の宝永4年、「お夏清十郎・五十年忌歌念」という戯曲や「心中重井筒」に「よさこひと、いふ字を金紗で縫わせ・・・」というセリフを書いておるそうです。これは、その俗謡を採用したものにかあらん。
まあ、江戸と大阪なので、ホントのところはよくわかりませんが。

ただ、江戸で流行っておった、さして賞するに足らない俗謡「よさこい」を、参勤交代かなにかで江戸に行った土佐人が、土佐へ持ち帰って流行らせた、というのは考えられる、と、公文先生は考察します。なるほど。なかなか鋭い。

さして賞するに足らなかった俗謡が、幕末土佐で純信お馬のスキャンダル事件によって大流行し、さして賞するに足らなかったよさこい祭りが、ある時、「なんでもあり」という発想がキッカケになって大ブレイク、全国に広まって行った。

なるほど。仁太夫さんもビックリ。


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