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領石の天晴〔5133〕2017/05/05

領石の天晴

2017年5月5日(金)晴れたり曇ったりのこどもの日

真っ晴れ、という訳には参りませんでしたが、時折青空も見える、こどもの日。まあ、良い祝日。にしても、暑かった。初夏の陽気で、少し歩くと汗が吹き出る。
そんなこどもの日ですが、朝のうちは会社に行ってました。ゴールデンウィークというのに普通にお仕事をしてくださっている皆さん、ありがとうございます!

で、少し用事を片付けて。会社を出発して走ってきました。領石RUN。
会社を出て西進すると、後免の町。そこからまっすぐに北上すれば、長岡、国分を通って領石。りょうせき。交通の要衝、領石に、出ます。
領石は、高知自動車道の南国インターがあって、今も交通の要衝ですが、藩政期の頃は、もっと重要な要衝でありました。
北山街道は、領石から、四国の山中へと入っていきます。瀬戸内側から北山街道を通って土佐へ来た人たちは、領石に出ると、やっと山から下って土佐に着いた、という感慨を抱いたんではないでしょうかね。そんな、領石。

その領石の、旧街道の道沿いに、天満宮参道入り口の鳥居と石灯籠が、あります。旧街道沿いなので、あまり、目立ちませんが。
その、石灯籠。写真の石灯籠の自然石の台座をご覧下さい。「天晴」という文字が、見える。そう。幾度か、このにっこりでもご紹介してきた、幕末土佐にだけ存在したという私年号「天晴」が、ここにもありました。
その、謎の私年号「天晴」について、高知県立東高校の生徒さんが見事に調査し、発表した冊子のことを、こないだ、4月30日のにっこりにも書いてます。で、県内に何箇所かある「天晴」の元号ですが、まだ、ここ、領石天満宮の石灯籠は見たことなかったので、今日はそこを目的にしてのRUN。

この石灯籠には「天晴 丁卯 十月吉日」と刻まれている。更にですね、一昨年、この天満宮境内社の小社の棟札に、「天晴元年丁卯九月十七日」と書かれているのが新たに発見されたのだそう。すごい。
で、ここは主要街道沿いであり、新しい元号は「天晴」である、という間違った情報がいち早く伝わってしまって、このような私年号が刻まれた石灯籠が出現した、てなことを、説明板に書いてます。まあ、真相は、わかりません。

そうそう。
江戸時代の国学者、近藤万丈という人物が、その著者の中で、土佐を旅していたときに、かの、良寛さんに偶然出会った、ということを書いてます。たぶん、18世紀末頃。
城下から三里ほどのところで雨が強くなり、日も暮れてきた。そこで、山の麓の庵に宿を乞うと、青白い顔の痩せた僧が、ひとり。何もしゃべらず、食べ物を出してくれた僧が、良寛だったというのである。庵の中には木像がひとつと、「荘子」二冊だけが置いてあった、という話。
最近読んだ山折哲雄さんの「ひとりの哲学」に載ってました。
城下から三里。この辺りではないのか?

GoogleMapで調べてみました。ここ領石は、高知城から徒歩で14.5km。現在の道を通ってね。つまり、良寛さんが庵を結んでいたのは、ここから岡豊へと向かう道の近くだったのか。
なんとなく、その雰囲気から、岡豊の、高知大学医学部の北の山界隈かな、とも思いました。

そんなことを考えながらの領石RUN。
ああ。暑かった。


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