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物部の置松〔5325〕2017/11/13

物部の置松

2017年11月13日(月)晴れ

昨日の、土佐物部氏とその有力家臣団移住の話、我ながらなかなか面白いと思いました。なんせ、物部守屋と蘇我馬子の戦い以前かも知れない、太古の昔の話。

土佐では、白鳳時代の古代寺院跡はいくつかわってますが、それは匿名的で、我々が知るような人名とは連動していない。それが、聞いた事のある一族の名前とその場所が結びついたとき、突如として身近な、自分に直結する歴史として認識できるのが楽しい。楽しくないですか?

ひまわり乳業は。南国市物部272-1という番地に所在する訳で、その「物部」は、一千数百年前の大規模移住に由来するのであるとすれば、すごく、楽しいです。

 

河口の平野の真ん中に、小山。これはもう、誰が考えても神様の山としか思えない、そんな小山。神岡。上岡。そこに祖神を祀り、その周囲に暮らした物部一族。

1200年前、香宗川上流へと本拠を移し、その祖神もその山中に遷座した(と思われる)物部一族。

で、一昨日書いたように、その上岡山の南には「物部の置松」という老松が、昭和47年まで、聳えていたといいます。

今朝は、その場所を確認してきました。おう。ちゃんと、痕跡があるではないか!

 

ここは物部川の土手の上。

向こうに上岡山が見えます。その手前が高知東部自動車道の工事現場。もう、かなりできあがってきました。そしてその手前。

四角い石で組まれた祭壇。

これには元治二年丑八月十五日と刻まれてます。うっそー。元治二年は1865年だけど、4月には慶応に開元されてます。正確に言うと、元治二年に八月は、ない。

でも、当時、元号については地方にはなかなか告知されず、行き渡らなかったという話もあります。慶応三年に土佐で天晴元年という元号が出現したことからもわかるようにね。

 

それはともかく、物部の置松。

地理院地図の、この1961年の写真にも見えます。上岡山の南。土手の上の黒い部分。昭和47年に枯れてしまったという物部の置松は、物部氏の神が、上岡山から香宗川上流、山川に遷座された際に、旧地に置き残された松、という伝承。

その老い松が生えていたのが、ここ。

その場所には、今も、このような祭壇がありました。迂闊にも知らんかったです。その横には、不思議な形をした自然石も祀られてます。その石も、千数百年の時を超えてきたんでしょうか。

物部氏繁栄の、痕跡。それが、この自然石なのかも知れない。

高速道路ができると、ここから上岡山は見えにくくなってしまい、益々、ここに物部氏の繁栄があったことが忘れ去られていくかも知れません。

でも、物部で生業を営む僕らは、忘れてはいけないんだろうと、思う。


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