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雨の、森の中〔5625〕2018/09/09

雨の、森の中

2018年9月9日(日)雨

よく降ります。しっかりした雨脚で。こんな雨は、とても走りたくなる雨。身体を打つ雨粒が皮膚を刺激し、マイナスイオンの大気が身体の中を駆け巡る。

澤口俊之先生が宣う、適度な有酸素運動と大自然の中でのリフレッシュが堪能できる、雨中RUN。なんで雨の中、わざわざ走るの?とよく訊かれるけど、まあやってみて下さい。心地良さは、やってみないとわかりません。

 

今朝は6時から鏡川。そして潮江天満宮の森。雨が降りしきるので、散歩する人もお参りする人にも会いませんでした。これもまた。雨中の醍醐味ですな。

潮江天満宮の森。先週お参りした時には、キノコがたくさん生えてました。特に多いのが白くて大きいやつ。たぶんドクツルタケ。本殿脇から大山祇神社へと上がっていく参道には、たくさんのドクツルタケが生えてました。いや、正確にいうとドクツルタケの「子実体」だ。子実体が何本も並んで生えてました。

キノコというのは、地中に張り巡らされた菌糸体のこと。それこそが、キノコ。で、胞子を飛ばして子孫を残すために、あの子実体を形成する訳だ。

子実体は雨に弱いので、今朝はかなり倒れてしまっていました。

 

彼ら(彼女ら?)にとって、生きるとは、菌糸を地中の張り巡らすことかも知れない。そして子孫を残すために、子実体を形成する。なるほど。セミと同じだ。地中で何年も幼虫と僕らが呼ぶ形態で、過ごす。そしてその人生の最後に、子孫を残すために地中に出てきて成虫となり、繁殖する。地中の生き様こそが、彼ら(彼女ら?)の人生であるのかも知れません。幼虫、成虫という呼び方は、そんな意味で言えば正しくない。子実体をキノコと呼ぶのと同じで。

 

雨の森。

粘菌は、雨に弱い。森を歩くと、倒木などに目を凝らす習慣がついてしまいました。粘菌がいないか、と。こんなに雨が降りしきるなか、素人の僕が探すのは無理かな、と思いながらも切り株の朽ちた部分に目を近づける。

天満宮の、楼門横の「文化のその」と名付けられたスペースに、古い切り株があります。その切り株の朽ちた部分を見ると、なにやら、白いプツプツが見える。肉眼では、よく見えない。雨なので、ルーペも使いにくいし。

でもその切り株の上には大きな樹木がそびえていて、なんとなく雨避けになっているので、ちょっと期待しながら撮影したのが、この写真だ。コンデジのズームマクロというので、撮影してみました。

 

帰宅し、パソコンに取り込んでみたら、こんな感じに写ってました。さて。これは何だろう。

僕は素人なのでわかりません。が、粘菌みたいにも、見えます。そうだったら嬉しいのに。粘菌の図鑑で見てみても、よくわかりませんでした。これが粘菌だとすると、子実体を形成しようとしているのでしょうか。

 

粘菌は、巨大な単細胞生物。そして、アメーバ状に朽ちた樹や葉っぱなどの上を移動し、バクテリアなどを食べる。雨に弱いので、環境が悪化すると休眠体というのになったりもするそう。今日みたいな日は、ウロの奥で休眠体になっているのかな。

で、最後は子実体を形成して、胞子を飛ばす。そこは、キノコと同じ。飛ばされた胞子からはアメーバが生まれ・・・と果てし無く繰り返される、輪廻。

動物のようであり、植物のようであり、知能を持っているかのような単細胞生物。

彼ら(彼女ら?)が生きる、ということは、どういうことだろうか。それを考えたのが南方熊楠であり、また、粘菌に魅せられた人たちは、そこに「生きる」ということの深遠さを見ているのだと思います。

 

雨の中。森では、たくさんの生き物が、「生きる」ということを謳歌している。そんな大自然に抱かれて、はじめて、僕らも「生きる」を謳歌できるんだと思いました。雨の、森の中。


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