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日章駅の広さ〔5635〕2018/09/19

日章駅の広さ

2018年9月19日(水)晴れ

昨日、直線の軍用道路のこと、書きました。立田で国道から枝分かれ、と。そして立田駅で軍用物資を積み替えていたのではないかという考察。これ、嘘でした。正しくは日章駅。土電安芸線の、日章駅だ。この航空写真の十字の場所。ここに、日章駅がありました。1960年代の航空写真は、これ。かなり広い構内を持った駅とうことがわかる。

立田の街中にある立田駅よりも、随分と大きい。これは、ここが軍事物資の積み下ろし駅であった痕跡なのではないか。そう思うのであります。

 

今朝、3時半。今朝は、3時前に出勤してきたので、ちょこっと撮影してきました。ここ。この場所。ここに、土電安芸線が廃線になる昭和49年まで、日章駅があった。同じ場所を現在は土佐くろしお鉄道ごめんなはり線が走り、高架となっています。

高架下の、かつて駅構内だったスペースは駐車場のように利用され、線路南側は宅地として開発されている。この、立田や咥内の集落からも離れた場所に広い構内を持つ駅がつくられた理由は、物資の積み下ろしの為と考えるのが順当でしょう。

 

ここで今一度、終戦から3年後、昭和23年5月米軍撮影の航空写真を見てみる。高解像度表示で見てみましょう。

この、日章駅の広さがよくわかります。そして、なぜ、ここにそんな広い駅ができたのかも、よくわかる。この前の道は当時、高知市から南国市の中心部を通って県東部へと向かう国道。幹線道路。その幹線道路沿いの日章駅で物資や兵隊さんを積んだ海軍のトラックは、国道から枝分かれした軍用道路を通って海軍航空隊の飛行場へと向かった。

 

この土電安芸線は、後免駅で国鉄(当時は省線)後免駅に乗り入れていたし、後免町駅から現在の電車軌道を通って桟橋にもつながっており、船や鉄道を使った物資輸送にとても便利であった。日章に高知海軍航空隊がつくられ、飛行場ができた地政学的理由の一つに、この鉄道があったのは、間違いない。

ちなみに朝倉にあった陸軍第44連隊も、すぐ横に鉄道の駅、土電に駅があって、物資輸送には事欠かなかったというのも同じ理由だね。

 

しかしまあ、戦争当時の国の力というのはすごい。とくに軍隊は。

この昭和23年の航空写真で、現在の高知空港の場所を見て欲しい。地形や田んぼの区割りを見事に無視した三角定規。海軍省のエリート官僚か誰かが、鉄道などの輸送機能などを考慮し、また、飛行機の離発着環境に適した場所としてここを選び、ここに三角定規を当てて設計図を引いた、というのが見て取れますな。すごい。

 

ちなみにひまわり乳業南国工場は、元々の田んぼの区割りをできるだけ乱さないように、建てられております。4時になった。さあ。仕事仕事。


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