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クリスマスの帯屋町、帯屋勘助さん、廣末静一さん〔1348〕2006/12/24

クリスマスの帯屋町、帯屋勘助さん、廣末静一さん

2006年12月24日(日)クリスマスイブも良いお天気!

今日はクリスマスイブ。丁度日曜ということもありまして、街には結構ヒトが出ちょりますね。お天気も上々。またまたクリスマスとは思えんくらいヌクい気候です。

ここは帯屋町。ご承知の通り、高知一の繁華街「帯屋町」。中央公園を北へ出た所ですが、サンタさんの格好をした皆さんが何か配りよりました。右手のテントは、商店街の歳末大売り出しの福引き。商店街が賑やかながは嬉しゅうなりますな。

帯屋町は、山内一豊さんが城下町を建設した藩政期初期、帯屋勘助さんという豪商がこの町の東の方に住んじょったことから付いた町名。

その後武家屋敷の並ぶエリアとなり、明治から昭和にかけて、少しずつ繁華街になってきた町。と、申しましても、昭和の始めまでは高知の繁華街と言えばもっと東の種崎町界隈が中心でした。そこに店を構えちょった金物屋さんの廣末静一さん、大正時代にこの帯屋町に店を移します。金物屋は広い倉庫が要るきですな。ひまわり太郎が子供の頃まで名残がありましたが、この界隈は病院とかが多く、繁華街という感じやなかったがです。が、戦争で焼けた後、廣末さんは、地元の有力者に働きかけて高知大丸をこの街に誘致したりして、帯屋町の繁栄の礎を築いたそうです。熱意を持った人物の献身的な努力で賑わいのある街を築き上げたがですね。

今、郊外のショッピングセンターができたりして街の構造も変化しつつあります。が、ヒトがふれあう街は、ど真ん中が賑やかでないといかんでしょう。みんなあ、そんな賑わい、ちっくと猥雑な賑わいが本当は好きながですきに。

ところで話は変わりますが、広末涼子さんは、その廣末静一さんの曾孫さんくらいになるはずです。ひまわり太郎と同じ追手前小学校。彼女が中学生の頃、校区区民運動会へ来ては元気にホタコエよった話を、こないだの区民運動会の反省会(飲み会)の時にもみんなあでしよりました。彼女も「濃い」高知の街の子ながです。


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