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筆山、高見山のお墓、三原兎弥太さん〔2082〕2008/12/27

筆山、高見山のお墓、三原兎弥太さん

2008年12月27日(土)晴れちょります!

今日は高知。年末の土曜日で、街は賑わいよりますろうか。ひまわり太郎は会社でチンガリしよります。で、お昼前、身体を動かさんとイカンと思い、筆山から南嶺へ走りに行っちょりました。

筆山の中腹から、筆山霊園の方に曲がって行くと、途中に急な坂の登り口があります。そこを登ると、昔からの墓地山。途中には「得月楼」と書いた参道入り口もまります。得月楼とは陽暉楼のことですきに、明治から大正、昭和と高知で一番とされた料亭。

すさまじい数の芸者さんを抱えちょったらしいですき、そんな皆さんのお墓もあるがでしょうかね。

その、お墓ばかりの山を一気に越えると、高見山の山腹の道に出ます。高見山の山腹は、それこしお墓がどっしこ。とっと昔から、ここは墓地として利用されよったにかありませいで、古い古い墓石もあります。古い墓石の中には、もう、割れてしもうて転がって、その墓所がどこかもわからんなっちゅうがもかなりあります。「文政」とか刻まれた、半分に折れた墓石が無造作に道端に転がっちょったりします。ここには、かなり重要な人物のお墓もどっしこあると思われますき、ほったらかしにせんづくに、何とかしていかんといかんがぢゃあないですろうかね。高知の歴史を解りやすいうに紹介されゆうライター、渡辺瑠海さんが、ここのお墓たちについて、熱心に語られよります。

その、高見山山腹からちょっとだけ南中山方面に行ったクに、ご覧のような看板が立っちょります。この界隈の有名人物のお墓にしては珍しゅう、キチンとその業績とかを表示しちゅうもので、径沿いですきにしゅっとわかります。

幕末の郷士で、土佐勤王党に参加した剣豪、三原兎弥太さんの立派なお墓が、ここにあるのでございます。戊辰戦争に従軍して、会津若松城の攻撃中に25歳で戦死されちょります。小軍監という幹部やったそうで、明治まで生き延びちょったらかなり新政府の重要な役職についたかも知れん三原さん。戊辰戦争で一緒に戦うた、あの谷干城さんが墓碑銘を撰文しちゅうとのこと。立派なお墓です。

こないだ、会津若松の作品で有名な早乙女貢さんが亡くなりました。ですきに、今日は三原さんを思い出した訳です。


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