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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

大鋸屋橋は高橋でした〔2777〕2010/11/22

大鋸屋橋は高橋でした

2010年11月22日(月)曇ったり降ったり

明日まで、岡豊の高知県立歴史民俗資料館で、「幕末維新土佐庶民生活誌」という企画展をやりよります。まあ、大河ドラマに合わせて、その時代の土佐の庶民の生活を集め、展示しょうという試み。これ、ひまわり太郎のツボ、ど真ん中、ストライクなのでありました。

各地の神社に奉納された絵馬とか、図書館や資料館に残る文献、絵など、なかなか素晴らしいものです。当時の生活の息吹が伝わってくる、秀逸な展示。昨日、ちくと観に寄っちょりました。

中でも一番興味を引いたがは、個人の方が所有されちゅう、慶応3年の鏡川で繰り広げられゆうノエクリや大仏踊りの大騒ぎ、大賑わいの様子が書かれた絵。これは、企画展の図録には掲載されちゃあせざったので、ちくと残念でしたが、今度内容をじっくりご紹介します。

企画展入り口の所から、宿毛市立宿毛歴史館さんが所有しちゅう「自浦戸到幡多倉橋図」という大きな絵図が掲げられちょります。藩政期後期の、浦戸湾から堀川、現かるぽーとの西側までの絵図で、人々の暮らしが細かく書き込まれちょってこじゃんと興味深いもの。土佐山内家宝物資料館所蔵の「浦戸湾風景」にこじゃんと似いちょりますきに、参考にして写し、コメントを種々書き入れたものと思われます。

写真は、堀川、大鋸屋橋南詰をちくと東へ行った、プレジャーボート用の浮き桟橋の上から大鋸屋橋方面を撮影したもの。その絵図に、ここ大鋸屋橋界隈も描かれちょりますが、藩政期の堀川の船の往来は賑やかですね。中には三つ葉柏の山内家の家紋の幕を張った船も数艘見え、この西側が物流の拠点やったことがよく判ります。

大鋸屋橋は、この南側に大鋸を統括する役所があったので、その名前がついたとされちゅうそうです。が、上記「自浦戸到幡多倉橋図」の大鋸屋橋のところには、「世人云 高橋」と書き込みがあります。橋は地面からだいぶ高くつくられ、石段を登って橋を渡るようになっちょったので、世間の皆さんは普通に「高橋」と呼びよったがにかありません。物流拠点はこの西側ですきに、この橋の下をたくさんの船が往来した訳で、通行の妨げにならんように、こじゃんと橋脚の高い橋にしちょったがでしょう。

夜明け前の大鋸屋橋を眺めながら、当時の様子を想像してみるがも楽しゅうございます。


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