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赤岡、須留田八幡宮の天晴〔3117〕2011/10/28

赤岡、須留田八幡宮の天晴

2011年10月28日(金)晴れ!

今日も秋晴れ。良いお天気。
こないだ10月10日、幕末の土 佐だけで使用された「私年号」、天晴をご紹介しました。春野の御山所神社さんの狛犬台座に刻まれた、「天晴元卯九月令日」という文字。慶応3年(1867 年)、土佐の一部では、「天晴」という元号が使われよった、というお話。なかなか謎に包まれちゅう元号「天晴」ですが、高知県内では、何カ所かで確認でき ます。
翌年の九月には明治になっちょりまして、ほんのちょっとの期間だけ、しかも土佐だっけ使われちゅう元号。調査した方がいらっしゃいまして、東は田野町、西は越知町に至る区間に、天晴、天政、天星などと刻まれた灯籠、手水、狛犬などがある、ということらしいです。
これだけのエリアで使われたということは、かなり、この元号の名称が認知されちょったということでしょうか。
写 真は、赤岡、須留田八幡宮の拝殿に掲げられちゅう絵馬。入り口の扉に錠前がかかっちゅうので、その格子の隙間から撮影してみました。この絵馬の額縁には 「天晴元丁卯年」「五月吉祥日」「丑之歳男」などと書かれちょります。慶応3年5月に、丑年の男性によって奉納された絵馬。
この年、大政奉還が行 われ、11月15日には龍馬さんが暗殺されちょります。徳川幕府も終末を迎え、世の中では「ええじゃないか」が流行し、高知の鏡川河原では「のえくり」が 盛んやった時代。政情が極めて不安定で、翌年には改元されるろう、と思われよった慶応3年。朝廷の方で、天晴と改元されるという話を誰かが聞きつけ、それ を先取りして、土佐で広まった、という説もあります。結果的には天晴ではなくて明治に改元された訳ですが。
どちらにしましても、国民に、新しい、明るい世の中を切望する思いが溢れ出してきよった時代ながでしょう。とは言え、勝手に元号を変えてしまう土佐人たちも、なかなかのモンです。


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