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黒潮町、34m、安政津波の碑〔3276〕2012/04/04

黒潮町、34m、安政津波の碑

2012年4月4日(水)快晴!

昨日の嵐が嘘のように晴れ渡った高知。まさに台風一過のような、真っ青な空が広がっちょります。風は少し冷たいですが。

数字が一人歩きするがは危険で、キチンと、どう捉えて行くか考えんといけませんが、こないだの政府が発表した、南海地震による津波の最悪想定値では、高知県の黒潮町で、34mの津波がやってくるかも知れないということになっちょりました。全国一の高さの想定。高知大学の岡村先生も、これを、別に、驚きに値する数値ではない、とおっしゃっておられました。

黒潮町は、過去の南海地震でも、何度も何度も、大きな被害を受けてきた場所。で、土佐くろしお鉄道の土佐入野駅の南、入野松原の中に古くから鎮座まします由緒あるお宮さん、賀茂神社境内には、安政津波の碑が建てられちょります。
写真左手の四角い大きな石に、安政南海地震大津波の様子が刻まれ、後世への戒めとしております。
石に刻まれた文字は、もう、風化してかなり読みづらい状態になっちょりますが、横の案内板に、その文字を転載してくれちょりました。しかし、現代文に読み下してはおらんので、ちょっともったいないと思います。ひまわり太郎の自己流解釈で、現代標準語に読み下してみます。

嘉永7年11月4日昼、小さな地震があった。海岸にいつもとは違う波がやってきた。これを、地元では俗に「鈴浪(すずなみ)」と呼ぶ。これは、即ち、津波の兆候である。そこで、その翌日、11月5日の朝、海岸から眺めてみたが、海は洋々と広がって波は静かであったので、安心して家に帰った。
そして平常の生活をしていると、午後4時頃、突然大地震発生。瓦屋根の家も茅葺きの家も、全部倒壊、見渡しても立っている家がない。土ぼこりがたって、辺りを暗くしている。
西の住民も東に住民も、後先を争って山のてっぺんに登り、山の上から東西の川を窺って見た。西の牡蛎瀬川も東の吹上川も水が増え、海水が溢れている。大津波の遡上である。
津波の第一波はゆっくりと進み、第二波、第三波がそれを追いかけ、第四波で最大規模の大津波となった。驚愕の極みである。
流された家屋は数知れず、合計7回の津波がやってきて、引いて行った。津波が引いた後、田園は砂漠となり、畑は海となった。
地震の揺れは激しかったが、以前聞いたところによれば、宝永4年10月4日の南海地震も、同じようなものであったらしい。148年前のことである。
今、この石を、この村の衆が苦労して牡蛎川の畔から採ってきて、これを記すのは、後世の人達のためである。鈴浪は、やはり津波の予兆であった。
今から百有余年の後も、この言葉を知っておかなくてはならない。
野並晴 識

安政4年6月
入野村 浦 若連中

34mの津波が襲うてきても、逃げることができる体勢をどうやってつくりあげるか。まず、逃げる場所、逃げる方法。


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