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堀川、北光社、鉄の輪っかのオブジェ〔3293〕2012/04/21

堀川、北光社、鉄の輪っかのオブジェ

2012年4月21日(土)小雨

今朝、物部川の堤防の上を歩きよりましたら、ありました。ニョキニョキっと。高知県人が食べるがが大好きな植物。県外ではただの雑草にかありませんが、高知では立派な山菜。イ○○リ。土手の下を、たくさんの○タド○が入ったカゴを背負うたおんちゃんが歩きよったので、「採れよりますか?」と声をかけてみました。すると、目を合わせず、伏し目がちに、聞こえるか聞こえんばあの小さい声で「ちょっとだけよ」とおっしゃいました。メッソ生えちゃあせんき、おまんは採りなよ、という強い強い意思表示とお見受けしました。高知の、川の土手とかの公共の場は、虎○採取の競争率が高いのであります。県外やったら○杖、採り放題ながかも知れませんが。

今朝は、そのおんちゃんが、それこし採りさらばえる勢いでございました。これから、どんどんと生えてくるでしょうき、早いもん勝ち。皆さんも負けんように頑張ってください。ちなみに、一ヶ所、まだ手付かずの穴場を発見しましたが、ここでは申し上げられません。

さて、全然話は変わりますが、ここは堀川の川沿い。大鋸屋橋の北詰から、北岸を東へ歩いてきた場所。こないだまで、見事な桜がこの世のものとは思えんくらい美しかった川岸。農人町。農人町は、藩政期初期の頃、城下の東のその外側に堤を築き、その内らっかわを「御手先農民」に耕作させ、その農民を住まわせたことに由来する町名。その外側の堤は、宝永地震と津波で崩壊し、そこに再建された堤が宝永堤となって、今の宝永町の語源になっちゅうがもご承知の通り。

この写真の右側の植え込みの中に、「北光社移民団出航の地」という記念のモニュメントがあります。明治30年に、龍馬の甥で自由民権運動家の坂本直寛さんや、沢本楠弥次さんとかが設立した「北光社」は、北海道のクンネップ原野を切り拓く開拓移民を推進する組織。明治30年3月、この岸壁を出航した船には移民第一陣112戸の皆さんが乗り、須崎、関門海峡を経由、日本海ルートで北海道の小樽へと向かいました。そして小樽から北の果ての宗谷岬をまわって網走へと下り、クンネップ原野、今の北見市に移民の第一歩をしるしたのでありました。

堀川は、藩政期に開削された、城下と浦戸湾、そして太平洋をつなぐ物流の基幹。この東には番所も置かれ、明治になってからは水上警察も置かれました。
九反田の市場が移設となり、物資を運ぶ船が通らんなってから数十年。今は、プレジャーボートを係留する浮き桟橋がしつらえられちょります。

と、地面を見よりましたら、何ヶ所か、この手前のような鉄のオブジェを発見。これは、ここに船を係留しよった頃の痕跡でしょうか。そうとしか考えられん、錆びた鉄の輪っかが、いくつか地面に生えちょります。
キレイに舗装されたりして公園みたいになっちょりますが、昔使用しよったと思われるものが、撤去もされずに残されちゅうがはちょっと嬉しい風景。地域の方の心意気を感じます。


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