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68年目の慰霊祭〔3775〕2013/08/16

68年目の慰霊祭

2013年8月16日(金)晴れ

昨日の高知市は、最高気温が34℃。何日振りかで35℃を下回ったとか。う〜ん、34℃を涼しいと感じる、今年の夏。すごい。

今日は8月16日。昨日が68年目の終戦記念日でした。
昭和20年8月15日に終戦。すべての戦闘が終わるはずでした。兵士も、もう、無事に家に帰れるはずでしたが、ここ、住吉の海岸で起きた悲劇は、忘れたらいけません。以前にもご紹介しました。第128震洋隊の爆発事故。

震洋は、ベニヤ板でできたモーターボート。これに250kgの爆薬を積み、敵の艦船に体当たり攻撃をしかけるもの。もちろん帰還することはできない。人間爆弾ということになります。
手結に配備されたのは、第128震洋隊。25隻の2人乗りボート。第23突撃隊基地に置かれました。

8月15日正午に玉音放送を聴きましたが、現場では、海軍の特攻隊はまだ戦争を続ける、という情報が流れ、混乱します。翌、8月16日、須崎にあった震洋隊本部から、敵機動部隊が上陸目的で土佐湾を航行中なので、第128震洋隊に出撃命令が下されたとされます。
それを受け、出撃準備をしゆう最中、漏れたガソリンに引火して1艘が炎上、爆発。一旦全員退避し、その燃えたボートを海上に押し出そうとしゆう時に、搭載しちょった火薬が爆発、次々に誘爆して、大惨事となった訳です。犠牲者は111人。手足や胴体がちぎれ、吹き飛び、現場は地獄の様であったと言います。

戦争が終わり、落とす必要のなかった命。この、謎の出撃命令は、いったいどこから下されたものか、わかっておりません。どうやら、部隊の上部組織、呉鎮守府辺りから出されたものではないか、という説も。しかし、名乗り出る者はなく、誰も責任を取るものがいない、そんな悲劇。

昨日ご紹介した、「白菊特別攻撃隊」によりますれば、須崎の、高知航空隊海上見張所の見張り員が海上の何かを敵艦船と誤認、指揮所に報告したことに始まるそうです。指揮所とは、昨日のかまぼこ型の施設でしょうか。で、そのまま大分の第5航空艦隊司令部に報告、大本営まで報告が上がって、大本営は、疑問を持ちながらも戦闘配置の命令を下した、ということです。
それに反応したのが、手結の震洋特攻隊であった、という説。

日章の航空隊では、8月16日午後7時頃、南方の空が真っ赤になって地響きを伴う爆発音がしたので、「敵襲」ということになり、大混乱の中、出撃準備が行われたました。その爆発音が、震洋部隊の爆発炎上であった訳です。

今朝、その住吉の、慰霊碑が立つ場所へ行ってみました。テントが張られ、慰霊祭の準備中でした。今も、この悲劇で命を落とした皆さんへの供養が行われております。慰霊碑の脇には、震洋を海に運ぶ車の車輪が無造作に置かれちょります。68年経過し、錆びて朽ちて行く車輪だけが、往時の悲劇を今に伝えてくれます。
間もなく68年目の慰霊祭が始まります。


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