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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

御畳瀬(みませ)の震洋隊、海岸のレール〔3777〕2013/08/18

御畳瀬(みませ)の震洋隊、海岸のレール

2013年8月18日(日)暑い夏の日

木陰に入ると、涼しい風が心地良い季節になってきました。とは言え、お日様の下は暑い。ギラギラの日差しが身体に突き刺さってきます。
そんな中、今朝は、桂浜まで走りに行っちょりました。最近、浦戸、御畳瀬、桂浜界隈に結構ハマっちゅうがです。

市内から炎天下、ちょっとでも日陰の箇所を探しもって瀬戸へ。瀬戸のショッピングセンターの所から精華園さんの方へ上がり、そっから、山越えで御畳瀬の方へとつながる道を走りました。朝は木陰で、心地良い道。峠を越え、御畳瀬の方へ下って行くと、道端にコンクリートのオブジェ。ん?
どうやらトーチカ。やはり、この界隈、実に戦争の遺跡が多い。集中しちゅうと言うたちかまいません。道端に、こんなにも無造作にトーチカが残っちゅうとは思わんかったので、ビックリしました。

そっから旧御畳瀬小学校、こないだまで御畳瀬小学校やった建物の所からトンネルをくぐって御畳瀬漁港。昔ながらの漁港は、その狭い道路両脇に密集する住居とともに、なんとも言えない懐かしさを感じさせてくれます。港を北上し、御畳瀬の端っこ。かつて、浦戸湾に浮かぶ狭島に鎮座ましましちょった厳島神社が、狭島爆破によって、ここに移設されて来ちゅうがです。さて。ここから。

今日は潮目がまあまあで、朝は、かなり引いちょりました。それを利用して、海岸の岩場伝いに、目的地へとたつくります。
牡蛎などの貝殻で埋め尽くされた岩場を慎重に進むと、まず、ありました。袂石。鬼が、その袂から落とし、転がってここに鎮座したとされる袂石。船から見たことはありましたが、陸から行って触ったのは初めて。
鬼の伝説よりも、龍馬が、最後に土佐にこっそり戻って来た際、船を、その袂石にくくり付けた、という逸話の方が有名ですな。鬼よりも龍馬。
で、今日の目的地はその先にありますので、足下に気を付けながら進みます。到着。

この写真の場所。
ここだけではなく、この界隈の海岸を広く使って、戦争末期、第127震洋隊の基地が構築されちょったのであります。
こないだご紹介した、悲劇の住吉は第128震洋隊。配備されたベニヤ板の特攻艇も、同じく25隻。同じような規模の、特攻隊でした。近づいてくる米軍の艦船に、250kgの爆弾を積んで体当たりしていく、2人乗りの人間爆弾。

この海沿いの山には、その基地が構築され、壕や、クレーンのようなものがしつらえられちょります。鬱蒼とした山に分け入ったら、そんな痕跡も発見できそうですが、それはもうちょっと気候が良くなってから、ということにしちょいて、海岸の痕跡を探索。
この写真の、海に向こうて繋がっちゅうレール。どうやら、これが、震洋を、壕から出して海面へ運んでいくためのレール。台車のようなものに乗せ、レールを滑らせて、海へ。そのレールが、68年経過した今も残っちゅうとしたら、それは、実に貴重な遺産やと思います。浦戸から御畳瀬にかけての、本気で米軍と戦争するつもりであった施設。ここにもあった戦争。

写真の左端に、ここへ行くがに通った袂石が見えます。
ここから更に岩場を北上していくと、今でも、震洋を格納しちょったと思しき大きな壕がそのまま残っちょります。山の探検はまた今度にして、元の御畳瀬に戻り。浦戸漁港を経由して桂浜へ。
観光客で賑わう桂浜。国民宿舎桂浜荘でお風呂に入り、駐車場横でオヤクソクのイカ焼きを食べて、バスに乗って帰ってきました。


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