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西徳善八幡宮、住吉神社、本生寺の変遷〔3778〕2013/08/19

西徳善八幡宮、住吉神社、本生寺の変遷

2013年8月19日(月)晴れ

雲は多めですが、晴れ。朝は涼しい風が吹く季節になりました。寝やすい寝やすい。あとは、ちくと雨が降ってくれるがを待つばかり。

さて。会社のある南国市から香南市にかけては、たくさんの寺社があります。このにっこりでも、折を見てご紹介してきましたが、今朝は、まだ、ご紹介したことのないお宮さん。西徳善八幡宮さん。旧郷社。旧吉川村役場のしゅっと西に隣接して鎮座。長宗我部の時代までは、西徳世八幡さんと書かれておった八幡様。
八幡様ですき、もちろんご祭神は応神天皇。社伝では、応永19年(1412年)、長宗我部氏の武将で、この近在にあった吉原城を与る丁野帯刀が、豊前の宇佐八幡宮より勧請、野崎五良左衛門を神主とした、とあります。

で、境内にある説明板にはそのことが書かれ、社紋は、山内家の三つ葉柏で、祭日には山内家よりの参拝もあった、と書かれちょります。
ところが。
今朝、うろうろと社殿の周囲を見てみましたが、三つ葉柏が見当たらない。軒の瓦には、八幡様によくある「八」のマーク。そして、拝殿内をのぞいてみてビックリ。梁の部分に、真新しい紋様が掲げられちょります。七ツ酢漿ではないか。ご存知長宗我部の家紋。

この八幡様は、中世から存在する古いお宮さん。長宗我部との関係も深い。藩政期になり、山内氏の庇護もあって三つ葉柏を使うようになったものの、また、長宗我部との関係を強調するようになった、という変遷が窺い知れますな。七ツ酢漿ですき。

変遷と言えば、同じく境内の説明板に、明治10年(1877年)、郷内の住吉大神が、この西徳善八幡宮に合祀されている、と書かれちょります。しかし、文献では、昭和10年に、元の場所に住吉神社が再興された、となっちょりまして、確かに、こっから南東の本生寺さんの東に、現在も住吉神社さんが鎮座ましまします。う〜ん、ここに合祀された住吉大神はどうなったのか。
この写真の右手に、2つの手水。その奥の方の手水鉢に刻まれたものを読むと、元禄四未年とか、奉寄進住吉大明神とかいう文字が見えます。これは古い。元禄ですきんね。で、住吉大神が、ここに合祀された明治10年に、ここに遷されたものであるのは間違いないでしょう。
昭和10年に住吉神社が再興された後も、ここにあるということは、色々とややこしいのかも知れません。

その、住吉神社さんの隣にございます本生寺さんは、元々、もっと東、古川村の現在の字寺屋敷にあったとされます。しかし、宝永4年(1707年)の南海地震津波で流され、現在の社地の100mほど北に移されて、明治の末年に、今の場所に南下していった、ということです。
この、寺社の変遷は、集落の盛衰にも関わっちゅうようです。そして集落の盛衰は、津波被害と、その予想、対策ともかなり深く関わっちゅうような気がします。津波のたびに、海岸から離れた方面に集落中心が移っていき、時間の経過とともに徐々にまた南下してくる、というようなことを繰り返してきたがかも知れません。

これは、正しく、人類の課題。


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