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大八幡宮、大正15年の海軍大佐〔3779〕2013/08/20

大八幡宮、大正15年の海軍大佐

2013年8月20日(火)快晴!

久々に「快晴!」と書きました。今朝の高知は、すっきりと晴れ渡って遮るものなし。湿度の高さによって遠方が霞んでみえよった夏が、終わりに近づいちゅうがでしょうか。早朝に吹く風はさわやかですが、お日様が出た後は、どんどんどんどんと気温が上昇しよります。やっぱし暑い一日になりそうではあります。

さて、昨日、ちくと間違うたことを書きました。香南市吉川町。本生寺の変遷で、津波の被害によって一旦北部に遷座しちょったがが、時間の経過とともにまた南下したがやないろうか、と。実際、現地へ行ってみたら、全然違いました。
つまり、現在の本生寺と住吉神社が鎮座ましましちゅう場所は砂丘上。昨日の西徳善八幡宮が鎮座する役場前の基本集落から言うと、5m以上は海抜が高い場所。旧吉原村では、一番高い場所に、お寺さんとお宮さんが建てられた訳です。
つまり、明治末年に、津波被害なども考慮して、村内で一番高い場所に遷座した、というがが真相やないでしょうか。やっぱし現地へ行かんとホントのことはわかりませんな。

さて。旧吉川村吉原には、もう1社、古く由緒ある神社が鎮座。大八幡宮さん。昨日の西徳善八幡宮から北西の森の中。旧村社。八幡様ですき、やはり御祭神は応神天皇でしょう。近世、つまり藩政期には田井八幡宮となっちょって、明治になって元の大八幡宮に戻した、とありますき、中世以前からこの界隈の鎮守の神様やったでしょうか。
写真は、その拝殿前。
右端の手水鉢には天保15年の銘。1844年。天保最後の年。この年にも大飢饉がありました。ひょっとしたらこの手水、飢饉と関係があるのかも知れません。

手前の燈籠。大正15年の銘。大正最後の年。向こう側に刻まれちゅう文字には興味深い内容がありました。風化して読みづろうなっちょりますが、何とか判読したところによりますれば、下記の通り。
従六位勲四等
海軍中佐
英国見学記念
松木益吉
地元出身の海軍中佐が、英国視察を終えて帰って来たがを記念してご寄進しちゅうがですね。

松木益吉さんは、高知県人名事典によりますれば、明治20年に吉川村で生まれちょります。県立一中から海軍兵学校。砲術学校高等科、そして海軍大学と進んだエリート。
大正14年、造兵監督官という役職に就任し、英国出張とあります。38才頃。

海軍は、その伝統として、国際感覚を身につけさせるため、積極的に若手を海外に派遣し、勉強させました。出張とありますが、多分に、勉強の意味が含まれちょったと思われます。で、この燈籠にも、「英国出張」ではなく「英国見学」と率直な単語が刻まれちゅうがやないでしょうかね。
松木益吉さんは、その後艦長職を経て艦政本部造船監督官兼航本監督官、横須賀や呉の海軍工廠総務部長、昭和12年、少将になって舞鶴海軍工廠長や艦政本部第一部長などを歴任、昭和16年、中将になって海南島警備府司令官などを勤めた、とあります。
軍令畑ではなくて、どちらかと言えば総務系の経歴ですね。

いつもの野市、上岡八幡宮さんの玉垣に、陸軍少将川田明治さん(後、中将)の名前があるように、当時、陸大や海大を出たようなエリート軍人は、地元の神社などに、足跡を残しちょったりするケースが多いようです。
なんと言うたち、地元の英雄でした。


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