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山手線1周RUN〔3854〕2013/11/03

山手線1周RUN

2013年11月3日(日)東京は晴れちょります

今朝は東京。また東京。昨日の晩と今日の晩に用事があるがですが、今日の午前中はぼったりしょと空きました。さて、何をしよう。実は昨夜もこじゃんと飲りまし
て、ホテルへ帰ったら日付が変わっちょったという残念さ。しかし、6時には目が覚めたので、突如として思い立ちました。そうだ。山手線を走ろう。

昔、東京に住みよった頃は、運動なんぞとんでもない生活やったし、こうやって東京で自由な時間を過ごすこともめったにないので、思いもつかんかったイベント。山手線1周RUN。これはナイスなアイディアぜよ!

と、言うことで、泊まっちょった浜松町のホテルを勇躍出発、まず、最初の駅、浜松町へ向こうたのでありました。
調べてみますれば、山手線1周の距離は34.5km。しかし、線路沿いにずうっと道がある訳もなく、いろんな紆余曲折があるので、40kmは超えると言われる山手線1周RUN。う〜ん、相手に取って不足無し。と、出発時は闘志が燃え上がったのでした。

写真は有楽町。まだ、スタートして、2つ目。昨夜の酒も抜け始め、元気が沸いて来る頃合い。心地良いRUNを満喫しゆう時間帯。
しかしあれですね。東京というのは、実に起伏に富んだ面白い自然地形の上につくられた都市です。実際、こうやってその起伏を体感しながら走ると、実に興味深く面白うございます。
山手線の歴史を見てみますと、電車運行開始が1909年で、環状運転が始まったのが1925年。意外なことに、輪っかになる為に最後繋がったのは、東京と上野の間ながですねえ。何故かと申しますれば、下町の住宅密集地で、鉄道を通すがにヤクがかかったき。
新橋から品川経由で池袋、赤羽方面の東京北部へつなげる方が、地形は複雑でも、簡単やった訳です。ほんで、山手線ながですね〜。

さて。走ってみてわかったこと。
まず、浜松町から御徒町辺りまでは、平坦。そう。最後に開通した下町部分やきです。上野は、寛永寺のある台地の東側の山裾を通り、その山裾をずうっと北上。ですきに、その界隈の駅は東口が線路の下で、西口は線路のとっと上、てなことになっちょります。
今日は、田端まで、台地の上を走りました。尾根の上。尾根地形であることが脚で体感できます。

山手線は、踏切を作らない、という思想で設計されました。で、この起伏のある土地を、あるときは山を削った谷間を通り、あるときは高架で道路のとっと上を通り、見事にしつらえられちょります。これを、明治時代につくったがですき、その思想と技術には感心してしまいます。ホントに。
山手線西部は、武蔵野台地が舌状に東へ突き出しちょります。いくつもの舌状台地が張り出した地形。その台地と谷を横切るように通る山手線。ですきに、谷間になったり高架になったり。

繁華なところ、猥雑な賑わいは、必ず、谷にあります。大塚、歌舞伎町、渋谷、五反田。台地の上は、元々大名屋敷があったところが多く、それが学習院になったり恵比寿になったり。走ってみると、このアップダウンがこたいます。しかし、ちっかいのに、谷間と台地の上では、街の風景が全然違うことが実によくわかりました。

さて、渋谷くらいまで来ると、もう、かなり疲れが。と、言うより、空腹が。お腹空いて、もうだめ。アップダウンにこたやかされ、これはイカン、ということで、目黒で食堂に入って天丼を食べてしまいました。誘惑に負けて生ビールまで。
しかし、それでエネルギー補給十分。また、元気になって、浜松町まで完走できました。山手線1周。満足満足。

何より、東京の地形を、この脚で体感できたがが良かったです。そして山手線の思想と技術のすごさ。公共事業は、思想が大切、ということがよくわかる、山手線でした。


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