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2014年、潮江天満宮さんの初詣〔3916〕2014/01/04

2014年、潮江天満宮さんの初詣

2014年1月4日(土)晴れ

暖かいお正月でした。高知では、今日から仕事、という方もいらっしゃいますでしょう。都会では明後日の月曜日から、という会社が多いでしょうけんど。
弊社は、元日から工場も動きよりまして、事務所も当番制で出勤。で、ほとんどの営業社員は今日から。ですきに、朝から、あけましておめでとうございます、の挨拶が行き交う風景。

ここは夜明け前の潮江天満宮さん。まだ、今年になってお参りに行っちょりませんでしたので、初詣。まだ早い時間なので、参拝に訪れる方も居らず、小生一人の静かな参道。しかしさすがお正月。参道も拝殿も、そしてこの楼門もライトアップされちょります。たぶん一晩中。
参道には、何軒かの露店。拝殿脇にはたくさんのテントがしつらえられて、お札やお守りなどが販売されるようになっちょります。もちろんこの時間は、シートが被せられ、警備員のおんちゃんが見張りよります。明るく、静かな境内。

参道途中にあるこの楼門。以前、何度かご紹介しましたが、なかなか立派な楼門です。この楼門が建てられたのは嘉永6年。1853年。そう。安政の南海地震の前年。安政地震、そして南海地震を耐えてきた楼門。この楼門に施された見事な彫刻の数々。そして頭上から睥睨する大きな鳳凰。これは、藩政期末期の土佐の生んだ彫刻家、島村三四郎さんによるもの。藩政期後期、「土佐の左甚五郎」と称された武市甚七さんと並び称された彫刻家。
ちなみに武市甚七さんで有名なのは、高知城の本丸御殿の欄間。波をかたどった、シンプルにして力強いデザインは秀逸で、お菓子の浜幸さんのマークに採用されちゅうがはご承知の通り。

お寺さんでは、こういった楼門では、右左にに阿形、吽形の金剛力士像が文字通り仁王立ちして、仁王門と呼ばれたりします。ここ、潮江天満宮さんの楼門では、向かって右手に菅原道真さん、左手にご嫡男の菅原高視さんが座っておられます。
この楼門を抜けると、左手に神池。龍神様が祀られる神池。

そこの東に隣接して、山内氏の菩提寺、真如寺さんがあります。
藩政期初期、土佐藩を与えられて土佐に入国した山内一豊さんは、前任地の遠州掛川から、お世話になりよった真如寺さんを土佐に移してきた訳です。筆山の麓近くに、その土佐真如寺初代住職の在川和尚さんのお墓があります。こないだ、お参りしてきました。
元々、その、真如時さんの辺りにあったという潮江天満宮さん、その際に、現在地に移されたと言います。

菅原道真公が太宰府で無念のうちに亡くなったのが延喜3年(903年)。その2年後、その遺品が、土佐権守に左遷されちょった嫡男、菅原高視さんにもたらされ、その遺品を祀ったのが潮江天満宮の創建とされます。高視さんの屋敷から、筆山の塩屋崎をまわったところ。そこには池があり、元々龍神様が祀られちょったとも言います。

潮江天満宮本殿の裏には小高い山があります。現在は、手箱山から勧請されてきた大山祇神社さんが鎮座する小山。そこには巨岩があり、磐座として祀られちょります。磐座信仰は、非常に古くからの信仰で、神道の源流とも思われます。
筆山の北麓は、龍神様や、神の降りてくる磐座がある、信仰の場所やったがでしょう。

新年。夜明け前の誰一人居ない潮江天満宮。ことしも、本格的に始まってゆきます。


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