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明けの明星とソ連〔3934〕2014/01/22

明けの明星とソ連

2014年1月22日(水)晴れ

良いお天気。ここは、朝6時半頃の野市、上岡八幡宮さん。参道から東の方角を撮影しました。ちょっとづつ日の出の時間が早くなってきましたね。6時半には、もう、東の空が美しく明るんできます。そして、地平線の上に金星。明けの明星、金星。建物の右手遠くに輝く金星が見えますでしょうか。

以前にも書いたことありますが、金星探査は、ソ連の独壇場でした。ひまわり乳業の乳酸菌がソユーズに乗って宇宙へ行って来た関係上、旧ソ連の宇宙開発については、興味を持っちょります。なんせ、バイコヌール宇宙基地まで行ってきちょりますきんね。
で、旧ソ連の金星探査はベネラ計画。これは、アメリカなどを圧倒する成果を挙げたミッションでした。

金星。この美しい星は、長い間、地球の環境とよくに似た兄弟星と言われてきました。厚い雲が強烈な太陽光を遮り、雲の下は熱帯雨林が広がっちゅう、というイメージが一般的やったにかありません。しかし、謎に満ちた星でした。
1956年に、300℃の高温から発せられる電波を観測し、カールセーガンが、二酸化炭素による温室効果でこじゃんと高温になった星である、と提唱するに至って、真実に迫り始めた金星。
そして、この金星を探査しようではないか、と米ソが動き始めたのでありました。

1962年12月にアメリカのマリナー2号が金星まで35000kmまで接近し、観測。これにより、生命存在の可能性は完全に否定される、超高温超高気圧のすさまじい環境が確定しました。

ではソ連は。
1961年2月に、最初に打ち上げられた探査機は、地球の引力を脱出できずに墜落、失敗。その直後に打ち上げられたものは金星へ向かう軌道に乗ったので、ベネラ1号と命名され、世界中に宣伝されたのでありました。しかし、結局途中で交信不能となって失敗。翌年にも3回、探査機が打ち上げられたものの全部ミッション初期に失敗。そして、その翌年、翌々年と果てしない失敗を繰り返したのでありました。失敗しても失敗してもやり続ける。この粘り強さはすごい。
しかしその間、打ち上げロケットの技術開発が進んでおりました。

1965年11月12日に、小生も行ったバイコヌールから打ち上げられた探査機は金星行きの軌道乗り、ベネラ2号と命名。接近し、フライバイで観測する予定で進みよりましたが、突然機内の温度が急上昇し、機器に不具合が発生して交信不能に。しかしもうちょっと。
ベネラ2号打ち上げの直後、11月16日に打ち上げられたベネラ3号も、冷却異常で機器が動かず失敗。しかし、問題は冷却機能だけぜよ。

1967年6月12日にバイコヌールを飛び立った探査機は、ベネラ4号と命名されました。ソ連で面白いのは、最初から命名されちゅうのではなく、成功したもののみに名前が付けられていく仕組み。実はこの際も、2機打ち上げられ、1機は失敗したので実験機の名称が付けられ、成功した方にベネラ4号という輝かしい名前が付けられた、という訳です。
この探査機は金星の過酷な大気圏に突入し、観測しながら降下しました。そして気圧18気圧、気温271℃の地点で、交信不能。しかし、大気組成の計測に成功し、ミッションは大きく前進したのでありました。
1969年1月、ベネラ5号と6号が金星に到達、同じように降下し、地上から20kmくらいのところまで交信できて、観測に成功。さあ、地表まではもうちょっと。

しかし。1970年8月に打ち上げられたベネラ7号は、金星大気圏に突入するも、パラシュートが機能せずに地表に激突してしまいました。さて。失敗。と思いきや。
その機体は地表激突後も微弱な信号を発し、475℃という気温を記録、その他、重要かつ貴重なデータを得られたことがわかり、この後の計画に重要な役割を果たしたのでありました。推定気圧は92気圧。ほとんどが二酸化炭素。さあ、軟着陸までもうちょっと。

地表の気温と気圧がわかったので、それに合わせてカプセルを改良。1972年3月に打ち上げられた探査機はベネラ8号。金星大気圏突入後のパラシュートも、気圧の関係で、ちんまいもんでかまんことが解ったので、そう改良したベネラ8号は、無事、金星地表に着地したのでありました。ベネラ1号からは11年の歳月。重要な観測データを取得でき、大成功のミッションでした。さあ、次は地表の写真撮影ぜよ。
1975年6月、バイコヌールを打ち上げられた2機の探査機はベネラ9号とベネラ10号。全て順調に推移し、金星大気圏へ。今度は、地上50kmまではパラシュートを利用してゆっくり降下、そしてそこからは何と自由落下というスペクタクル。着陸機の重さは660kg。この物体が、50kmの高さから自由落下しても、気圧が異様に高いので大気抵抗、浮力が発生し、重力と釣り合ってスピードが出ん、という訳です。すごい。

で、色んな計画が順調に進み、2機は金星の地上へ着陸。そして、遂に、ゴツゴツした岩だらけの地表撮影と、その画像を地球に送信することに成功したのでありました。ベネラ9号が降りた地点の気温は90気圧、気温が455℃。ベネラ10号の降りた地点は、92気圧で465℃。いずれにしても地獄のような場所ですが、きれいに撮影できました。

1978年9月打ち上げられた探査機はベネラ11号と12号。今度は、カラー撮影を目指しました。しかし、両機とも、カメラレンズのキャップが外れず撮影失敗。まあ、他の様々なデータ取得には成功して、収穫はありました。そして1982年3月に打ち上げられたベネラ13号と14号は、今までの経験のもと、順調に金星に到達、着陸して、金星地表のカラー画像を送ってきました。

他にも様々なドラマがありますが、概ね、これがソ連の金星探査のドラマ。夕暮れや夜明け前に輝く美しい金星の、凄まじい地獄のような環境を克服しての探査は、すごい。
以上の情報は、ロシア宇宙開発史という、すさまじく詳細丁寧なHPから頂戴しました。旧ソ連の宇宙開発のことを知りたければ、これに限ります。


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