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土佐北街道、木番所跡と、新緑〔4045〕2014/05/13

土佐北街道、木番所跡と、新緑

2014年5月13日(火)晴れ!

昨日の雨は、なかなかのモンでした。夜、会合で街に出ちょりましたが、傘をさしちょってもびしょ濡れになるくらいの雨。で、今朝は、その雨もキレイにあがって青空が広がる素晴らしいお天気になりました。
朝、本社で用事を済ませ、香川にやって来ました。早朝に出ましたので、旧道を通っても朝礼に間に合います。今朝、通ってきた旧道は、立川越え。県道5号線。国道32号線を北上し、大豊町の大杉から立川川沿いに県道を遡っていくコース。今の高速道路は、概ねそのコース。国道32号線ができるまでは、土佐から瀬戸内へ抜ける幹線路として利用された「土佐北街道」が、このコースでした。昔は、久礼田から穴内に上り、本山から立川川に出て、遡上しよりました。

で、土佐北街道を山内の殿様が参勤交代で使うたのは、享保3年(1718年)から。立川川の上流には、立川(たじかわ)の集落。土佐北街道の番所があり、今も、参勤交代で殿様が泊まった番所院が残ります。
で、土佐北街道は、そっから険しい山道に。現在の県道5号線も、なかなかの険しい山をどんどんくねくね上っていきます。標高800mを超える高さまで。
県道5号線の、愛媛との県境は笹ヶ峰隧道。その少し手前に「木番所跡」という案内板。そこから山道を50mほど下ったところが、この写真。この界隈に、木番所があったがにかありません。壁面に、古い石垣が残ります。そして、今は樹々が生えちょりますが。段々に、整地されたような少し広いスペース。そこに番所があったがでしょうか。
県道沿いの案内板には「藩政期土佐領最後の番所であり、木材の盗伐や抜荷などの監視にあたった。これより下方新茶屋までの急坂な山道を土地の人々はそろばん坂と呼んでいる。」と書かれちょります。

そう。参勤交代の道であり、主要街道であったこの道。馬も通れるように、整備されちょったと思われるので、土佐の産業の中心であった木材を盗伐して、馬で運んでいったりできんように、街道の藩境の近くに番所を置いた訳ですな。
こっから南、つまり山の下の方を眺めると、なかなかの急坂。そろばん坂。それでも、急坂直登ではなく、つづら折れで、道の広さも昔はそこそこであったのではないかと思われる山道。参勤交代で、馬も登れるような道に整備したがでしょうか。

土佐から伊予や阿波へ抜けるあちこちに、番所。これは、ヒトが勝手に国外と行き来できんように、という意味もあったでしょうが、馬が通れて荷物が運べる道のチェックという意味もあったがかも知れません。人間だけやと、番所部分を通らずに、山や谷を迂回して通り抜けるがは、そんなに難しいことではなかったでしょうきんね。

こっから50m上がって県道。そっから30分ほど山道を登ると、旧街道の峠があるそうです。まだ、登ってみたことはありませんが。いっぺん、旧街道をずうっと歩いてみたいと思いよります。そうせんと、昔の人々の気持ちを汲み取ることはできんと思うので。

本社から香川支店の朝礼へ向かう途中の、こんな大自然。
今、山は、圧倒的な緑。新緑にお日様が差し込んで、輝くような美しさ。透きとおった美味しい空気。鳥のさえずり。
この上の、県道のところに車を停めよったら、前を、大きな雉子が駆け抜けて、林の中へ逃げ込んでいきました。ここを撮影に降りてきた後、車で笹ヶ峰隧道の方へ向かいよったら、また、今度は少し小さめの雉子。走るのが速い速い。アッと言う間に目の前を横切って林へと消えていきました。

この場所では、以前、数匹の大きな猿にも遭遇しちょります。
これで、犬を連れてきたら桃太郎。

そんな、非日常空間を通って、香川へ仕事に向かいました。


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