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芳原往還〔4056〕2014/05/24

芳原往還

2014年5月24日(土)晴れ!

今日は、春野の運動公園に用事があったもんですき、家から走って行きました。山越え。筆山からではなく、六泉寺から深谷まで走り、そっから一気に鷲尾山頂まで駆け上がるコース。頂上でも立ち止まらず、そのまま尾根を下り、また駆け上がったら烏帽子山。取り付け道路を西へ下った鞍部が、白土峠。しらつちとうげ。何度かこのにっこりでもご紹介しました。

で、今日は、久々にその白土峠から春野芳原への旧往還を下ってみたのであります。
古代からの、春野方面と大高坂方面を結ぶメインルートで、藩政期には、公路として整備された道。南側の芳原の住民には500石分の夫役が課せられ、道の整備や文書の送達に勤めんといかんかった、と、前高知県立歴史民俗資料館長の宅間先生が「春野 歴史の百景」という本で書いちゃありました。宅間先生は、春野、芳原で生まれ育っちゅうのでありますね。

その藩政期の公路であった往還も、今は誰も通ることのない道になってしまいました。たぶん、江戸時代には一日に何百人もの人が通りよった道。今は、一ヶ月に何人通るでしょうか。某、高知市内の保育園の理事長さんは、芳原の方。若い頃、高知の街へ出るのに、この往還を歩きよった、とのこと。ですきに、戦後しばらくまでは人通りもあり、整備もされちょったものと思われます。

車社会になり、春野と高知の城下が車で行き来できるようになりました。それによって、往還は、使われんなりました。それでも、筆山からの縦走ルートなど、登山道、ハイキングコースになった道は、今でもハイカーの皆さんに親しまれ、土日ともなれば結構な人数の方が歩かれよります。しかし、取り残された芳原往還。整備されちょったであろう山道は荒れ果て、かえって野趣溢れる雰囲気が醸し出されて、良いかも知れません。

写真は、白土峠からかなり下ってきた谷間。実際は、この写真みたいに明るくはなく、鬱蒼とした雰囲気マンマン。道はかなり荒れちゅうので、歩きにくい歩きにくい。実はこの先でまたまた滑ってこけてしまい、1mちょっと滑落してしまいました。両手と膝をしこたま打ったのでありますが、幸いなことに怪我はなく、無事、春野まで下って運動公園にたどりつきました。

この、かつて一日に数百人が歩いたであろう往還も、今は誰も通らない。ここで怪我をして動けんなったら、誰にもしばらく発見されんろうねや、と思うたことでした。

ほんの数十年。世の中の仕組みや、交通の手段は、劇的に変わってしまいます。こんな身近な山、ついこないだまで毎日多くの人々が歩きよった往還が、遭難しかねない、野趣溢れる冒険コースに変貌しちゅうなどということは、あまり知られちゃあしません。人里離れたい方には、お薦めのご近所秘境です。


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