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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

ツクツクボウシの鳴く三坂峠〔4163〕2014/09/08

ツクツクボウシの鳴く三坂峠

2014年9月8日(月)良いお天気

低気圧が台風になって、東へ行ってくれたお陰でしょうか。なんとなく、台風一過のような好いお天気になりました。秋晴れ。爽やかな爽やかな風が吹き抜ける、秋晴れの、運動会にボッチリのようなお天気になったではありませんか。結局、今年の高知に夏はやって来ませんでした。

さて。昨日は松山で、夕方、高知へモンて来ました。しかし、今朝はまたまた松山。ちょっと松山が続きます。
へんてこりんなアングルですが、今朝も早朝から国道33号線を走って来まして、三坂峠。
久万から松山へ下るには、今は「三坂道路」なる自動車専用道路を通る様になりました。なので、今まで通りよった三坂峠の道を通る車は、ほとんどおりません。三坂道路が無料で、圧倒的な時間短縮になるので、当たり前。その、旧道になってしもうた三坂峠を、今朝、撮影して来ました。

道路の上にカメラを置き、セルフタイマーにて撮影。右端に写っちゅうのは、道路の真ん中を歩く小生。ここがメイン道路であった頃は、こんなアングルでの撮影は不可能やったですね〜。高速道路ができたとは言え、なかなかの交通量やったですき。
松山自動車道や高知自動車道がなかった時代、この三坂峠は、切れ目がないくらい車が行き来し、交通量の多い峠でございました。
今は昔。
今朝の三坂峠、ツクツクボウシが寂しそうに鳴くばかりの、静かな静かな峠。車のやって来る気配もありません。こうやって、車の流れ、人の流れ、物の流れは遷り変わってゆくのでありますね。

あの向こうにボケて見える看板には、「三坂峠 Misaka Pass 標高720m」と書かれちょります。三坂峠は、冬になるとしょっちゅう雪が積もり、チェーンを携行していかんといかん峠でした。三坂道路ができて、チェーンを装着せんといかん場面もめっきりと減り、便利になりました。

「三坂峠」でウィキを見てみますと、6つ、でてきました。
新潟県魚沼市と十日町市の間の峠
石川県白山市と小松市の間
福井県大野市
岡山県真庭市
島根県益田市と広島県廿日市市
そして、ここ、愛媛県久万高原町と松山市の間の峠。

ここの三坂峠は、古くから、土佐と松山を結ぶ街道の峠として利用されてきました。土佐では松山街道と呼んだ訳ですが、伊予の人は土佐街道と呼んだ道。その当時の峠は、たぶん、ここよりもうちょっと東やったと思われます。

松山から土佐へ向かう街道。
こないだも書きましたが、松山を出発して三坂峠から久万の町へ下ると、そこから東へ向かいました。現在の国道33号線は、南へ向かい、面河川、仁淀川沿いに下っていきますが、昔はそうではありません。東へ向かい、峠を越え、南下、また東進し、峠を越え、池川へ出るルート。
仁淀川町は、池川町、仁淀村、吾川村が合併した町で、池川が一番の町でした。国道33号線から随分と山へ入った場所に、何故、そんな「町」があったのか不思議でしたが、その、昔の街道のルートがわかって、理解できたのでありますね。池川は、交通結節点でした。
池川の街中に、伊予屋スーパーというお店がございます。何故、池川に「伊予屋」なのか、不思議に思いよったがですが、その謎もこれで氷解。土佐から伊予へ向かう、土佐側の最後の大きな集落が池川なのでありますね。なので、伊予屋やった訳か。

人の流れ、物の流れが遷り変わるのは、世の習い。
ここ、三坂峠も、今後、ほとんど顧みられることは無いなるかも知れません。メインルートの痕跡。伊予屋スーパーが、メインルートの痕跡であるように、ここも、そんな痕跡になってしまうのであります。


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