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後川土手の姫女苑と「咲かずの藤」〔429〕2004/06/18

後川土手の姫女苑と「咲かずの藤」

2004年6月18日(金)曇り

今日は出張で中村。四万十川遡行コースではなく、市内たつくり後川古津賀~具同~赤鉄橋コースで走ってみました。

昨日、南国工場のある物部川の土手の姫女苑をご紹介しましたが、今朝は中村工場の東を流れる後川(四万十川の支流)土手のものすごい姫女苑を撮影してみました。ここのはすごいです。「佐岡橋」と「後川大橋」の間の土手には本当に一面に姫女苑が広がって白い絨毯のようです。

中村市内には、賑やかな例大祭で有名な「一條神社」があります。戦国公家大名一条氏の中村御所があった場所に文久2年に建てられた神社ですね。一条氏は、ひまわり太郎中村出張の際に何度かご紹介した、土佐西南部一帯を支配した公家大名です。応仁の乱を逃れた公家中の公家、前関白一条教房が自家の荘園のあった土佐中村まで下向してきて御所を築いてこの辺りを支配したのが始まりで、4代目一条兼定が長宗我部元親に追い出されるまで続きました。善政を布いて、この辺りに住む住民に慕われたそうです。

一條神社は、中村御所跡で、一条氏の霊を弔う祠があった場所に、文久2年(1862年)に建てられました。今まで気付きませんでしたが、正面鳥居をくぐって左手に「咲かずの藤」という藤の木が史跡として生えておりました。藤は一条氏の家紋ですが、一条兼定が長宗我部元親に追われて館を離れる際、次のように歌いました。

植え置きし 庭の藤が枝 心あらば 来ん春ばかり 咲くな匂うな

その後300年間、この藤は花を咲かせませんでした。しかし、幕末の文久元年(1861年)になって、この藤が見事に咲きほころんだそうです。

これが発端となって、翌年、ここに一條神社を建立することになったとのことです。


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