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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

地理院地図の標高表示と地形〔4339〕2015/03/03

地理院地図の標高表示と地形

2015年3月3日(火)薄曇り

昨日、地理院地図の標高表示のことを書きました。が、その地図の見方、ちくと間違うちょりましたので、今日は今一度ご紹介し直しますね。
是非、地理院地図、ご覧になってみてください。これはなかなか優れものです。地図を表示しちょいて、右クリックしたら、その地点の緯度経度や標高が出るがかと思い込んで、昨日のにっこりを書きました。しかし。
キチンと見てみますと、そうではない。画面の中央に+のマーク。そのマークの地点の緯度経度、標高が表示されちゅうのでありました。

そんな訳で、昨日ご紹介した地点の標高を今一度。
まず、高知大学農学部正門前。標高7.2m。なるほど。ちなみに大学本部のエントランスのところは7.8m。正門から北へ、一段上がったところの標高は、昨日は8.5mと書きましたが10.5mくらいあります。で、南国バイパス高架の下。昨日は11.2mと書きましたが実際は12.1m。全部、昨日の数値よりちょっと高め。弊社の工場は、昨日の13.5mと同じくらいの13.7m。いや、この地理院地図、かなり正確に詳細にわかるにかありません。すごい。

高知空港の正面玄関の所を調べてみますれば6.1m。なかなか微妙な高さですな。
で、滑走路。
写真は、物部川河口の堤防の上から撮影した滑走路。手前が南東で、向こう側が北西。
滑走路の手前、道路のある部分の標高は4m。滑走路の一番手前は5.3m。滑走路の一番向こうの端は、12.5mもありまして、結構な坂になっちゅうことが判りました。

このにっこりでは何度も書いてきた様に、この滑走路の真ん中に、昭和16年まで、標高28.2mの山がありました。久枝山とか室岡山とか呼ばれ、明治40年の地図にはハッキリ「命山」と記載されちょった山。嘗ての地震津波や洪水から、久枝の人々を救ってきた、まさしく「命山」。戦時中、海軍がここに飛行場を建設するに際して取り崩された命山。
この滑走路を見るたびに、ここにあった山のことを想像してしまいます。

さて。
もちろんここは物部川の沖積平野。で、その平野は、北へ行くほど、標高は高くなっていきます。当たり前ですが。南国バイパスの付近で13m。その北、土佐くろしお鉄道が走る界隈では15mくらいありますな。更に北へ行くと、長岡台地の裾。台地の裾の南西端、後免の街中で13mくらい。大将軍神社の下で17m、山田の街の南では27mくらいあります。洪積台地である長岡台地の下の沖積平野の傾斜。

では台地の上は、と言いますと、後免町の13.4mから始まって、北東へどんどんと高くなります。高知農業高校で16.6m。土佐長岡駅で25.7m。山田西町駅で37.3m。土佐山田駅では43.2m。談義所の南西で50mに達します。物部川は、洪積世にできた台地を開削しちょりますので、物部川の東岸にも洪積台地。野市は、その台地の上にあるので、なかなかの標高。西岸よりもかなり南まで台地があります。佐古の界隈で43m。青少年センターでは標高30m。野市小学校のある界隈でも20m、南国バイパスで16mあります。八幡様のある上岡の集落が14.4m。そこから南が台地の下になり、急に5mくらい下がって9.1m。ここから南へ、どんどんと傾斜していって天然色劇場のところで2.1m。

南へ傾斜する洪積台地を物部川が開削し、南へ傾斜する沖積平野を形成していっちゅうことが、この標高表示でよく判りました。いや、これは素晴らしい機能。南海地震津波に備え、キチンと標高を把握するのに非常に役に立ちます。


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