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天王洲アイル、変わってゆく風景〔4811〕2016/06/17

天王洲アイル、変わってゆく風景

2016年6月17日(金)晴れ

そんな訳で今朝は東京。天王洲アイルにあるホテルに泊まっちょりました。昨日は少し降った東京も、今朝は晴れ。少し蒸し暑い、東京。

天王洲アイル。
モノレールやりんかい線に、天王洲アイルという駅があるので、皆さんご承知でしょう。昨日は、JR品川駅から歩いて行ってみました。意外と、近い。
品川という町は、目黒川が江戸湾に流れ込む場所に発展した宿場町。目黒川は、下末吉面の洪積台を開削して流れ、北側に白金台、南側に荏原台を形成しちょります。ああ。地学。

で、その目黒川河口の北側に位置するのが天王洲アイル。
その名の通り、江戸時代は、天王洲という洲。なんでも、18世紀半ばの宝暦年間に、海中から牛頭天王の面が引き上げられたことから、天王洲と呼ばれるようになった、と、ウィキに書いちゃあります。

写真は、その天王洲アイルの北東端。右手には運河を挟んで品川埠頭。朝5時過ぎの、美しい天王洲アイルと運河。
いつものように地理院地図で確かめてみましょう。
地理院地図、情報リストの「空中写真・衛星画像」を見てみますれば、一番古い1945年〜1950年の空中写真でも、この天王洲アイルは、現在と同じ形で、あります。もう既に埋め立てられた人工島になっていた。
東側の品川埠頭は、まだ、ありません。次の1961年〜1964年の空中写真には、品川埠頭が現れます。

どちらにしましても、東京湾沿岸部の、海運に関わる倉庫などが並ぶ、殺風景なエリアだ。この写真の場所には、小さな円形のものがたくさんたくさん見えるので、たぶん、燃料タンク。
今は、再開発によって高層ビルが立ち並ぶ、おしゃれな島になりました。

ここに、高層ビルが並ぶようになるのは、バブル末期くらいからでしょうか。ウォーターフロントという言葉はもてはやされた、時代。そう。そんな時代。

だって、東京モノレールは、昔から天王洲アイルを通っておりましたが、天王洲アイルなどという駅、ありませんでしたもん。僕が東京で学生をやりゆう頃には。
その後、突然新しい駅ができてビックリしたことでした。モノレールの天王洲アイル駅ができたのは、1992年のこと。僕はもう、30歳を過ぎ、バブルが弾けた頃ですな。

バブルは弾けても、再開発の勢いは止まらず、倉庫街は高層ビル街に変貌してしまいました。

品川駅の東側も、今は、高層ビルがたくさんできて、すっかり変わってしまいました。
昔、品川駅と言えば西側の高輪口で、東側は地味なもんでしたが、今や、どうでしょう。

今朝、ラッシュの時間に、その、品川駅の東側、港南口の方から駅へと入っていきましたが、品川駅を降りて、港南口のビル街に向かう人の波は、それはそれは恐ろしいものがありました。すごいですよ。幅15m以上の人の波が、一方向に押し寄せてくる風景。
我々のように逆方向から行く者は、端っこの、小さなスペースを歩くようになっちゅう。東京、恐るべし。潮江天満宮、輪抜け様の何十倍もの人間だね。いや、何百倍か。それも毎日。

輪抜け様といえば、今朝は、築地の波除稲荷神社さんに設置された茅の輪を抜けて、来ました。
この天王洲アイルから、海沿いを北上していくと、築地。
築地の中央卸売市場は、今年の秋、豊洲へ移転します。
場外はそのまま残り、「築地魚河岸」というのができて、観光客を築地に引き止めよう、ということになっちょります。「築地魚河岸」の建物、かなりできましたね。
さて。いったいどうなるのかは、誰にも予想できません。

天王洲の風景が様変わりしたように、築地と豊洲の風景も、予想もしない勢いで変わっていくのでありましょう。


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