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鷹匠町考3〔4853〕2016/07/29

鷹匠町考3

2016年7月29日(金)晴れ!

雲は多いですが、晴れちょります。今日も暑い。善き哉善き哉。

で、鷹匠町。しつこいですか?
しょう、まっこと、ねばい。今朝も鷹匠町マター。

昨日一昨日と、鷹匠町について考えてきました。ああやって文字だけで書いてしまうと、なかなかわかりづらいですよね。そんな訳で、今朝は、その現場を写真に撮って参りました。
決定版!ここが鷹匠町だ!
おもしろくないですか?

ともかくも、まあ、ご説明申し上げましょう。
この写真は、こうちまち保育園さんの前に立って撮影しました。西の方角。右手の通りが、知事官舎のある、西向き一方通行の通り。で、左端に、その一つ南の、東向き一方通行の道路が見えている。
江戸時代初期〜中期の絵図では、この、西向き一方通行と東向き一方通行に挟まれた細長い部分が、お堀。お堀と、お堀の北にちょっとした堤。土塁みたいなもんでしょうか。

何故、こんな細長いブロックがここにあるのか、やっと理解できました。理解できましたか?

今、ここは、かなりの高級住宅地になりました。街中に近いのに、閑静な住宅街。すぐ横に鎮守の森。森の向こうには鏡川。まあ、とても良いところであります。

鷹匠。鷹匠がここに住んだのは、御鷹部屋が、あったから。御鷹部屋は、殿様が鷹狩りに使う鷹を飼育し、訓練する場所でしょう。
藩政期、鷹狩りは、大名特権であったという。つまり、鷹狩りができるのは殿様だけ。徳川家康が鷹狩りを好んだ、というのは有名ですきんね。
以前に読んだ、「日本史の謎は地形で解ける」という本では、家康の鷹狩りは、インフラ整備の下調べ、調査の意味合いもあったのではないか、と書かれちょりました。これは、ちょっと、深読みしすぎの気もしますがね、鷹狩りの最中に、地形について色々と気づき、考えた点はあったかも、知れません。家康は、日本史上最高の土木プランナーであった、という説には賛同しますので。

鷹狩りは、戦国期には、武将の間で大流行であったという。中世になって、武家の間で鷹狩りが行われるようになったのであります。
それ以前、奈良時代や平安時代は、天皇や貴族のたしなみ。趣味。貴族による鷹狩りは、なかなか盛んであったにかありません。

その前。
漫画とかで、大和朝廷とかの古い時代の、鷹を手に乗せた人物像が描かれたりしますよね。よく見かける構図。これは、腕に鷹を乗せた人物を象った埴輪が出土したりしたことと連動します。こんなのとか
鷹狩りができるのは、どうやら権威の象徴で、あった。鷹狩りが権威の象徴であったのは、そんな古墳時代に遡るんだね。そこまでしか記録がないだけで、もっと昔から、鷹狩りはあったのかも、知れない。やはり、鷹狩りができるのは、権力者に限られていて。

ともあれ、この写真の場所に鷹匠が住んでいた時代。
鷹狩りができたのは、土佐では、山内の殿様だけであった、という訳だ。やはり、太古の昔から続く、権威の象徴。
鷹匠が住んでいたのは、この右手の道の北側と、左手の道の南側。
この細長いブロックは、お堀でした。そんな時代。


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