1本からお届けします!お電話でのご注文・お問い合わせ

フリーダイヤル:0120-77-6245

今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

2丁目の夏〔4861〕2016/08/06

2丁目の夏

2016年8月6日(土)晴れ

71年前の朝も、夏の日差しがジリジリと照りつける暑い朝でした。セミがなき、夏の雲が浮かぶ水色の、空。そんな記憶を呼び覚ますような、夏の風景。

ここは帯屋町2丁目。
昭和20年7月4日の高知大空襲などで、一面、焼けてしまった高知市中心部。戦争直後、その焼け跡で、焼け跡から掘り出した金物などを並べて商売が始まった。帯屋町2丁目は、病院などが多い地区であったが、その焼け残った物が売られ始めたのが、商店街としての発展のきっかけであったと言います。地主さんには、商店以外の方には土地を売らないよう働きかけたりして、商店街としての地位を築いてゆく。
昭和22年には大丸を誘致。

戦後、高知市民の台所となった大橋通りに隣接。高知でも有数の賑やかな場所に発展していきました。追手前小学校には1000名を超える児童が通い、追手前高校や土佐女子高校もあって、子供も大人も集う商店街でありました。
大丸は現在の位置に移転し、再び、そこは病院になりました。
この右手、現在金高堂さんとかが入る帯屋町チェントロが立つところ。僕が小学生の頃は、すでに大丸はなく、木造二階建ての、大きな病院がありました。病院の建物は、北の追手前小学校の校庭に隣接してあり、病院の前は広い誘導路が。

ここで地理院地図。
1974年〜1978年という空中写真を見ると、その病院のところは更地になっちゅう。丁度、その病院が旭に移転して取り壊され、跡地にショッパーズプラザ高知ができるまでの間の写真だ。
追手前小学校の校舎は、僕が通うた木造校舎。

で、1980年には、こんな感じになりました。火事で焼けた追手前小学校木造校舎は鉄筋コンクリートに建て替えられ、病院跡地にはショッパーズ。
ショッパーズは、ダイエーショッパーズになり、2005年11月30日まで営業されました。しかし、時代の流れダイエーは撤退。ダイエー営業最後の日を、このにっこりでもご紹介しちょりました。
その後、跡地はそのまま放置され、商店街側には巨大な壁面。
2丁目、不遇の時代。中心商店街でも、一番寂れた感があった、2丁目でした。

現在の地理院地図の空中写真は少し古いので、そんな当時の姿がわかります
ダイエー跡地は再び更地。北には追手前小学校。
西側の、住宅ば密集した「ひろめ屋敷」は「ひろめ市場」になりました。

そして時代は変遷し、ダイエー跡地にチェントロができ、ここの文具屋さんは、ビルを建ててスタバにしてしまいました。今や、高知で一番元気な事務機屋さんになった、追手前小学校の同級生。
2丁目は、明らかに元気を取り戻しつつあります。現在のGoogleマップは、こう

この向こう。
こないだまで、追手前高校の美しい時計台が見えていました。図書館工事がようやく進み、その工事で、隠されつつある時計台。

あそこには、巨大な図書館のビルが建ちます・時計台を上から見下ろす巨大な建物。

それはともかく、夏の朝の帯屋町2丁目。数奇な運命、数奇な時間を過ごしてきた2丁目は、これからも数奇な歴史を刻んでいくのでありましょう。

今は、静かな、夏の朝の風景。


←前日の日記2016年08月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

日記検索

年月別過去ログ

年のクリックで月を表示・非表示します。月をクリックすると記事一覧を表示します。

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サイトマップ

facebook  instagram  x