在所隕石落下地点〔8353〕2026/02/27
2026年2月27日(金)曇り
ここは香美市の朴ノ木。アンパンマンミュージアムから東へ1km半ほどの、物部川の対岸。北岸。
やなせたかし先生が生まれ育ったのも在所村朴ノ木で、その場所は現在朴ノ木公園となり、やなせ先生と暢さんが眠っています。ここは、その朴ノ木公園から西へ約2km。民家の庭に、何やら花崗岩の碑が建てられてるの、わかりますでしょうか。知る人ぞ知る「在所隕石落下地点」の碑。
このパンフレットに詳しく書いてます。明治31年2月1日と言いますから、今から128年前の冬。午前4時頃、大きな音、光とともに火の玉が飛び、落下してきた、とのこと。目撃談、人によって随分と異なるのが面白いよね。「朝、庭の一角の地面に穴があいていて、三尺以上も金テコで掘り出した」という証言も。
周辺の人たちはその音と光に驚いて寝巻きのまま飛び出してきたそうやけど、落下地点の家のご主人は寝ており、「狸でも来てイタズラしたのか」と思うて、また寝てしまった、とのこと。
朝になり、庭を見てみると大きな穴。で、近在の人たちと一緒に掘り起こしたら、茶色の石がでてきた、という証言。
山中家では、この石を神の石として大切に保管。その後、昭和12年になって土讃線全通記念南国土佐大博覧会で帰省していた五藤光学研究所の五藤齋三氏がその話を聞きつけ、本物と確信して三百円で購入、鑑定の結果、なんと、極めて珍しい「石鉄隕石(パラサイト)」であることが判明して、現在は五藤光学研究所さんで保管されている、とのこと。
この五藤家は、藩政期には安芸を支配した、あの五藤家。五藤光学は現在もプラネタリウム業界ではトップ企業で、宇宙から飛んできた隕石を保管して貰うにはうってつけでありましょう。
「隕石」は日本でも各所で見つかっているけど、恐らく、「石鉄隕石」と名乗れるのはここに落下した隕石のみ。落下した当時「在所村」だったので、「在所隕石」として知られているのでした。
「在所」の由来については、以前にも書いたのでご参照ください。
やなせ先生が生まれたのは大正8年2月。隕石落下の21年後。やなせ少年がこの界隈で遊んでいた当時は、まだ、ここにあった山中家の神棚に祀られていたのでしょうか。
平家落人伝説に彩られた里は、神の石が落ちてきた場所であり、やなせたかしさんを育んだ土地でもありました。在所村朴ノ木、恐るべし。
