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表参道の青山アパートメント〔4956〕2016/11/09

表参道の青山アパートメント

2016年11月9日(水)東京は木枯らし1号!

今日は東京。朝一の飛行機でやって来ました。冷やい。風が強い。どうやら、今日は木枯らし1号が吹き荒れておるにかありません。
で、表参道で仕事を済ませちょいて、名古屋へ移動。今、名古屋へ移動する新幹線の中で、このにっこりを書きよります。

表参道。
表参道というくらいで、神社の参道としてできた、道。その神社はもちろん明治神宮。明治天皇を祀る明治神宮が創建されたのはもちろん大正になてからで、大正9年。その前年に、創建される明治神宮の参道として整備されたのが表参道。
日本には夥しい数の神社があり、それぞれ表参道がありますが、一番人口に膾炙する表参道は、間違いなく、ここ。参道の名称と言うよりは、現在は街全体を表参道と、言う。

で、写真は、表参道ヒルズの同潤館。手前のモダンな建物が、表参道ヒルズの同潤館。ちゃんと、表参道の道路に面しています。
表参道ヒルズは、ご存知森ビルによる再開発商業施設。まあ、おしゃれな街の象徴だ。その表参道ヒルズができる前は、何があったのか。
青山アパートメント。
2003年に解体されるまで、同潤会アパートの一つ、青山アパートメントが、ここにありました。

同潤会アパートについては、以前にも一度書きました。
関東大震災の後、市民に公営住宅を供給することを目的として、内務省によって設立された財団法人が「同潤会」。その取り組みは斬新そのもの。
街が破壊されてしまったので、これを機会に、新しいライフスタイルを創出しよう、という意気込みが溢れている。

同潤会によって立てられたアパートメントは16。
そのデザインは、当時の人々のデザイン感覚の凄さを物語って、いる。以前にも書いたように、高知でも、大正末から昭和にかけての建築物のデザインには素晴らしいものが多いですきんね。人々の心が、今考えるよりもずっとずっと豊かであった、その証左かも知れない。心の豊かさ。

同潤会アパートは、そんな時代の申し子として、異彩を放ちました。
デザイン、設計もすごいが、管理・運営に関してもまったく新しい取り組みが行われ、そこで生まれたコミュニティ意識は、長く語り継がれるものになりました。
長い年月の間に様々な増改築が、コミュニティの意思によって行われ、不思議な空間をつくりあげていた、同潤会アパート。
江戸の下町の文脈がモダンなアパートメントハウスに持ち込まれ、中庭などの共有空間が贅沢に盛り込まれていたと言います。

その同潤会アパート、今世紀になるくらいまでは、たくさん残っていました。しかし、東京の再開発の波の中で、その全てが取り壊されてしまった。
最後まで残っていたのは、下谷の上野下アパートメントで、2013年に解体。同潤会アパートのことを僕が知ったのはその後なので、一度も、見ることは叶いませんでした。残念。

ここに2003年まであった青山アパートメントは解体され、今は表参道ヒルズ。
しかし、建築家の間では有名で、伝説でもあった同潤会アパートの姿を残そうという意思が働いたのでありましょう。安藤忠雄は、同潤会アパート「青山アパートメント」の外観を残すことを考え、表参道ヒルズに「同潤館」という建物を設計したのでありました。

写真手前の建物が、安藤忠雄設計の同潤館。外観は、往時の姿を模倣したものとされます。こんな感じのアパートメントが、ここから向こうに伸びていた、そんな時代。

そんな時代のモダンな建物と言えば、以前に一度ご紹介した、麻布の近くにある「スペイン村」。あれは、民間の方が昭和10年に建てたアパート。素敵なデザインの建物は、今も残っています。

同潤会アパートは、全部壊されてしまったので、現在、その姿をイメージできるのは、この場所だけ。


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